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プロフィール
- 辛坊治郎とは
- 生い立ち
- アナウンサー
- 解説委員
- 読売テレビを退職
- 人物
- エピソード
- 現在のレギュラー番組
- フリー後の出演番組
- 過去の出演番組
- CM
- 書籍
- 音楽
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辛坊治郎(しんぼうじろう、1956年〈昭和31年〉4月11日-)は、日本のジャーナリスト、ニュースキャスター、アナウンサー、シンクタンク経営者である。読売テレビアナウンサー→理事・報道局解説委員長(局長待遇)などを経て、株式会社大阪綜合研究所代表を務める。また、読売テレビ時代より芦屋大学客員教授も務める。読売テレビ時代には、情報番組のプロデューサーを務めた事もある。
生い立ち
| 鳥取県米子市生まれ |
| 小学校入学前までは、自衛隊の事務官だった父親の転勤に伴って全国を転々とし、物心がついたころから大学時代までは埼玉県入間市で過ごした |
| 中学時代にテレビでメキシコ映画『ぼくの心はバイオリン』を見ていた時、停電になったためラスト15分が見えなくなり、TBSに結果を電話で聞いたところ、親切に教えてもらったのに感激し、将来は放送局で働こうと決めた。 |
| 埼玉県立川越高等学校では航空部と英語部に所属し、卒業後は1浪の後早稲田大学法学部に進学した。 |
| 高校の同期には、ルポライターで作家の本橋信宏がいた。 |
| 京都大学の入試で発覚した不正に関連して、東京大学法学部に2度落ちていることを、すまたんにて発言している。 |
| 大学3年時に司法試験を受けるがほとんど勉強していなかったため不合格。 |
| その後、夏休みを挟んだ3ヶ月間、西ヨーロッパ、モロッコ、トルコなどを旅した。 |
| 4年次の就職活動で埼玉県庁の上級職試験に合格し、住友商事の内定も受けた。 |
| ある日、大学の就職部の掲示板でフジテレビのリポーター・司会者(アナウンサー)募集のチラシを見て、受けるだけで1000円もらえたことから受けたところ、受験者1300人の中から7次試験の最終面接3名まで残った。 |
| フジテレビの入社試験は担当希望の番組を訊かれた際に「リビング11(お昼の通販番組)を担当したい」と答えてしまい落ちたが、12月に大阪の読売テレビから突然電話があり(当時はまだ個人情報保護法がなかったため応募書類をテレビ局同士で回していた)、「フジテレビの最終で落ちたそうだが良かったら弊社を受けてみないか」と誘われた為、読売テレビを受け合格。 |
| 埼玉県の上級職、住友商事、読売テレビの3つ選択肢があったが、始業時間が朝10時と1番遅かった読売テレビに入社した。 |
| 辛坊治郎と言えば宮根誠司ともども大阪を代表する大阪人のアナウンサーと思われがちだが、宮根誠司が関西大学入学まで大阪に住んだ事が無いように、辛坊治郎もまた読売テレビ入社まで大阪に住んだ事は一度も無い。 |
アナウンサー
| 大学卒業後の1980年(昭和55年)、読売テレビにアナウンサーとして入社。 |
| 『ズームイン!!朝!』の大阪キャスターを8年担当。 |
| スポーツコーナーで、森たけしと共に阪神タイガースの不振をぼやいた台詞「なんぎやなぁ」では、1987年(昭和62年)新語・流行語大賞流行語部門の銀賞を受賞する。 |
| 1989年(平成元年)には、森たけしと歌った阪神タイガース応援歌『負ける気せんね』が発売される。 |
| 1990年(平成2年)4月より夕方のローカルニュース『ニューススクランブル』のキャスターとして活躍する傍ら、1991年(平成3年)1月から1992年(平成4年)3月まで『ウェークアップ!』の司会を務めた。 |
| 1995年(平成7年)1月17日に発生した阪神・淡路大震災のニュースも担当した。 |
| 当時YTVでは、2日間(48時間)にわたって震災の報道特番を行ったが辛坊は、48時間にわたりYTVのスタジオでキャスターを務めた。 |
解説委員
| 1997年(平成9年)から報道局解説委員となり、1998年(平成10年)7月から1999年(平成11年)7月までの1年間は、ペース大学(PaceUniversity)研究員としてニューヨークに駐在、アメリカのメディア事情を研究した。 |
| 帰国後は報道部チーフプロデューサーへ就任し同職と並行する形で、『報道特捜プロジェクト』のキャスターや、関西ローカルの『元気モンTV』『あさイチ!』ではコメンテーターなどを担当。 |
| 2000年(平成12年)には報道局情報番組部長に就任した。 |
| 『ニューススクランブル』では、開始当時同時間帯最下位だった視聴率を最終的には最高位に引き上げ、『元気モンTV』『あさイチ!』ではチーフプロデューサーを兼任しながら出演し、中元綾子(当時)をメインキャスターに据えたことや、辛坊自身の「日本一よく分かるニュース解説」のコーナーが人気となり、同時間帯視聴率トップにするなどの実績をあげた。 |
| 2001年(平成13年)10月から日本テレビ『ズームイン!!SUPER』開始に伴い、新聞ニュース解説(兼サブ司会)に起用されたことから、東京での単身赴任生活を始めた。 |
| 2003年(平成15年)7月からはそれまで特番だった『たかじんのそこまで言って委員会』がレギュラー昇格となり、やしきたかじんとともに司会を担当、毎週(現在は隔週)金曜日午後に読売テレビ本社第1スタジオでの収録のため帰阪していた。 |
| さらに2005年(平成17年)4月からは桂文珍に代わって同局の報道番組『ウェークアップ!』の後番組の『ウェークアップ!ぷらす』の司会を担当。 |
| その影響で『ズームイン!!SUPER』の月・火は当時多摩大学助教授の野田稔(後に讀賣新聞特別編集委員の橋本五郎)となり、出演は水・木・金の出演に短縮となり、2009年(平成21年)4月から読売テレビ本社で『SUPERSURPRISE』(金曜日は「たかじんのそこまで言って委員会」もしくは「SUPERSURPRISEなるほドットJAPAN」の収録)に出演することになったため、ズームインは水・木出演(金曜日は日本テレビ解説委員の畑山篤に変更)とさらに短縮されたが、2010年(平成22年)3月26日の放送をもって降板した。 |
| ズームイン出演の後期は、大阪にいることが多くなったことから東京滞在中はホテル暮らしの生活を送っていた。 |
| 本人の話では早朝からズームインで大阪に移動して夜7時から生番組(当時)で16時間以上勤務しているとコメントしていた。 |
| その間、2004年(平成16年)より、芦屋大学客員教授を務める。 |
| 2009年(平成21年)10月1日付けで岩田公雄(現:特別解説委員)の後任として読売テレビ報道局解説委員長に昇格した。 |
| 2009年9月27日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』で発表された。 |
| 2010年(平成22年)3月29日から、かつて『ズームイン!!朝!』や『あさイチ!』で名コンビであった森たけしアナと共に平日早朝のローカル情報番組『朝生ワイドす・またん!』のキャスターへ就任、8年半ぶりに読売テレビの早朝番組のメインキャスターとして復帰したと同時に、週6本の生放送に出演することになった。 |
| 4月に実兄である辛坊正記との共著「日本経済の真実―ある日、この国は破産します」を出版し、28万部のベストセラーとなった。 |
読売テレビを退職
| 2010年(平成22年)8月、翌月末をもって読売テレビを退職し、10月よりシンクタンクの研究員になる旨が報道され |
| 2010年(平成22年)9月30日をもって退職。 |
| 退職後は自身が設立したシンクタンクである大阪綜合研究所へ移籍。 |
| 退職後も当面は番組出演を続ける。 |
人物
| メディア研究の経験などから、芦屋大学客員教授や関西学院大学非常勤講師(東京に単身赴任前まで)、読売テレビ寄講講義(俗にいう「冠講座」)として、同局の脇浜紀子などと共に立命館大学客員講師を務め、臨時で母校の早稲田大学でも講師を務めた経験もある。 |
| また、レギュラー番組の合間に、メディアや報道の裏側を題材とした講演なども行っている。 |
エピソード
| 左派寄りであった恩師の勧めで東欧のとある社会主義国に旅行するも、自身が考えていた旅行スケジュールが数日で破綻し「こんな国、潰れてしまえ」と腐した。 |
| 読売グループやマスコミ業界に対する出場者の批判には強硬に反論するフシがある。 |
| 2006年(平成18年)5月中旬、日本テレビの男性アナウンサー(当時)が同年2月20日に盗撮事件を起こして書類送検されていたことが明らかとなったが、日本テレビを含めどのメディアもこれを初めは取り上げなかったこと、明らかとなった後も実名での報道を避けたことに対する批判が起こった。 |
| この問題を同年5月21日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』で宮崎哲弥が提起し、以前から実名報道の重要性を強く主張していた辛坊(実例: |
| これについて、辛坊が出演する番組内で被疑者の実名が放送された点を評価し「ジェスチャーで宮崎の主張を肯定しており、よみうりテレビ社員という立場上やむを得ない対応だった」とする声がある一方、事件自体に対する見解を明示しなかったことや、これまでの辛坊の実名報道推進の主張と比較して「ダブルスタンダードであり、報道マンたる資格なし。 |
| 単なる会社員」という批判が、主にインターネットを通じて上がった。 |
| これ以前に同番組内で犯罪被疑者の実名報道の是非を巡って否定派の橋下徹と激論を交わしていたため、橋下からも「(報道関係者の不祥事のみ報道しないのは)矛盾している」と批判された。 |
| かつて上岡龍太郎とはよみうりテレビの感謝祭(元の番組は『ときめきタイムリー』)で辛坊の人柄などを通じて口論に至ってしまった事がある。 |
| 2009年(平成21年)の昼時間(午前中)の番組内では、当時総理大臣だった麻生氏について「彼の名前を海外の友人が『アス・ホール(尻穴)』に聞こえて総理の名を呼ぶ際に笑みが零れて仕方がない」と言う品の無い話を連呼していた。 |
| 2009年(平成21年)2月のG7(7カ国財務相・中央銀行総裁会議)後に放送された『たかじんのそこまで言って委員会』で、番組内で「お父さん(中川一郎)も自殺されてるし、ああいうこと(「朦朧」会見など)を何回も何回もTVで放送すると、本人は自殺の恐れがあるから、もうこの辺で止めといてやろうやないかという話になるじゃないですか。 |
| あんだけ国際社会に恥かいてね、オメオメねぇオメオメ有権者の前にもういっぺん出るなと!もう二度と再びたぶん出られないと思う・・。 |
| 出てきたら必ずあのVTR(「朦朧」会見など)を流されますからね。 |
| その意味では世の中にはやってはいけない事があるんだって。 |
| 」とコメントし、中川昭一を批判した。 |
| その後、中川昭一は急死している。 |
| 『SUPERSURPRISE』では大竹まことを常につねっているが理由は「暴走を食い止めるためであるとの事」。 |
| 2009年(平成21年)の皆既日食で、『ズームイン!!SUPER』の解説を休んでクルーズ船で鹿児島の離島で見る予定だったが、高波と雨だったために上陸できず、船上で見る羽目になった。 |
| 本人は翌日鹿児島からの生放送で「なんで翌日になって快晴なの?」と嘆いていた。 |
| 仲間由紀恵と木村カエラのファンであり、『朝生ワイドす・またん!』の共演者によくネタにされる。 |
| また、『朝生ワイドす・またん!』で森たけしがファンである板野友美の話題になった際に、自身は篠田麻里子のファンであることを告白した。 |
| 前田敦子について「確かに不細工」と番組で発言した。 |
| 極度の潔癖症であることを『たかじんのそこまで言って委員会』番組内で告白している。 |
| また激論になるとすぐに相手の顔に指を指す癖があり、桂ざこばにもよく指摘される。 |
現在のレギュラー番組
| 朝生ワイドす・またん!-(2010年3月29日-)キャスター(EPGでの肩書きは「解説」)。 |
| ZIP!(読売テレビローカルパート)-(2011年4月1日-)キャスター(同上)。 |
| ウェークアップ!ぷらす-(2005年4月2日-)司会。 |
| たかじんのそこまで言って委員会-(2003年7月13日-)司会(番組上では「副委員長」の設定)。 |
フリー後の出演番組
| こんちわコンちゃんお昼ですょ!(2011年4月18日、毎日放送ラジオ)。 |
| そうだったのか!学べるニュース(2011年5月18日・5月25日、テレビ朝日)。 |
| たかじんNOマネー〜人生は金時なり〜(2011年5月14日、テレビ大阪)。 |
過去の出演番組
| ズームイン!!朝!(NTV)-読売テレビキャスター。 |
| ウェークアップ!-司会。 |
| 元気モンTV-チーフプロデューサーも担当。 |
| 報道特捜プロジェクト(NTVローカル)。 |
| ZERO×選挙2009-関西ローカルパート担当メインキャスターなど。 |
| ACTION日本が動いた!2009全記録SP(NTV)-ウェークアップぷらすキャスターとして。 |
| 2001年10月1日-2010年3月25日まで担当。 |
| ズームイン!!SUPER(読売テレビローカルパート)-(2010年3月29日-2011年3月31日)キャスター(解説)。 |
| サプライズ→SUPERSURPRISE-木曜日→水曜日(読売テレビ制作担当分)。 |
| オールスターShallweダンス?〜有名人社交ダンス選手権〜(NTV)。 |
| 2005年12月30日・20:00-22:54に放送された社交ダンスを扱ったバラエティ特番。 |
書籍
| TVメディアの興亡〜デジタル革命と多チャンネル時代〜(2000年4月、集英社新書)ISBN4087200264。 |
| あいまいな日本の問題点がスッキリわかる本―辛坊のニュースななめ読み(2007年6月、幻冬舎)ISBN4344013344。 |
| 日本経済の真実―ある日、この国は破産します(2010年4月、幻冬舎)ISBN4344018168。 |
| ※実兄辛坊正記(執筆当時は株式会社日本総研情報サービス代表取締役専務)との共著。 |
| 日本の恐ろしい真実財政、年金、医療の破綻は防げるか?(2010年9月、角川SSコミュニケーションズ)ISBN4047318256。 |
| 中国この腹立たしい隣人(2011年3月、実業之日本社)ISBN4408108810。 |
音楽
| 負ける気せんね/ハイハイ敗。 |
| 1989年(平成元年)、レコードまたはカセットテープとして発売。 |
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2000年
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TVメディアの興亡 〜デジタル革命と多チャン... |
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2002年
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ふらっとアフガニスタン7泊8日(日本テレビ)... |
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