| 1973年に製作された『鉄人タイガーセブン』のタイガーセブン/滝川剛役の最終オーディションまで残っていた。 |
| 本人も幾つかのインタビューで「自分が合格したと思っていた」と語っている。 |
| その3か月後、当時所属していた事務所の社長から『仮面ライダーX』の主役オーディションの話を受け、同番組の幹部との面接により、見事合格する。 |
| 阿倍プロデューサー曰く、速水は女性にモテモテでスポーツ万能でライダーには持ってこいだったからという。 |
| 夫人は『仮面ライダーX』の共演者であった美山尚子。 |
| 速水によれば交際が始まったのは共演中ではなく「ちゃんと終了後です(笑)」とのこと。 |
| 『X』を途中降板となってしまった美山が速水に相談を持ちかけたりのが始まりで、降板後には暇な時間を利用して速水の家を掃除しに行ったり、食事を作ってあげたりしていた。 |
| このため、後日談であるが夫人とドライブ中に暴走族に絡まれた経験があったのだが族長が「素人衆に手を出すな」と理解ある人物であったので助かったと言う。 |
| 速水自身も高校時代は不良と言われる部類だったので彼らの気持ちも理解できたという。 |
| 美山との間に生まれた息子は、同じ事務所に所属し舞台を中心に活動している俳優・香坂優介。 |
| 彼も『仮面ライダーアギト』のオーディションに挑戦し、最終選考まで残った。 |
| しかし、その時ライダー関連の2世が他にも7人いたが、スタッフよりその事は御断りだった為、親の名前がばれてしまい不合格となった。 |
| これにより親子2代にわたる仮面ライダーは実現することがはなくなった。 |
| 『X』の共演者であった小林昭二氏は自身の出番がない時でも「速水、今回の芝居はここが良かった」と電話で演技のアドバイスをしてくれた、と語っている。 |
| アポロガイスト役の打田康比古とは同じ年齢で仲が良く、出演していた速水が大野剣友会などのスタッフと打ち解ける方法を伝授してもらったという。 |
| その方法とは「一緒に飲みに行く」でだそうである。 |
| 撮影当初はスタッフにいじめられて悩んでいた速水だが、このアドバイスによって翌日から次第にスタッフと仲良くなって言ったという。 |
| また、打田とは良く一緒にジムへトレーニングへ出かけていた。 |
| 同番組の後半より、長髪からパーマになるきっかけは、カメラマンに女の子っぽいと言われ、理容室でやってもらったそうである。 |
| しかし、この髪型は周りにひどく酷評されている。 |
| 近年、特撮関連雑誌や『X』のCS放送での再放送時のインタビュー企画に登場し、「泥にまみれてばかりで、撮影と言うよりは毎日が合宿のようだった」という当時の回想をすることが多い。 |
| 雑誌のインタビューで「ヒーローはもう一度チャレンジしてみたいですね」「ライダーの仕事なら断らないよ」と答えている。 |
| 1話での真冬の東京湾を泳ぐシーンでは風邪をひき熱があり最悪のコンディションだった。 |
| これに関しては、撮影が始まったのが年末だったがゆえに、改造手術シーンの撮影が行われた際にスタジオ内がとても寒い中、上半身裸で冷たい鉄板の上に寝かされたためである。 |
| そのせいで速水はインフルエンザで40℃以上の高熱の中、フラフラになりながら数時間掛けて、車で運転して自宅に帰った。 |
| しかし、もう一度次の日に海の撮影があり入らねばならなかったが、医者そのことを相談したが制止されるも結局の所は海に入ったが、あまりの寒さに凍えブルブルと震え、監督やスタッフらが心配した程だったが、休むことは許されなかった。 |
| 同番組の阿倍プロデューサーに主題歌を歌う誘いがあったが、本人は歌が得意ではないため断っている。 |
| しかし、先輩の藤岡弘、や宮内洋が歌唱したものを聞いて、「やっておけば良かった」とも語っている。 |
| ちなみに「X」の主題歌を唄った水木一郎との初めての出会いはライダーを卒業してから半年程経った正月に行われた地方での仕事。 |
| 携帯電話のストラップには、仮面ライダーXのマスコットをつけている(上記事より)。 |
| その後、ストラップは「ファンが欲しいと言うのでくれてやった」と速水節で語っている。 |
| {{要出典範囲|『仮面ライダーV3』-『仮面ライダーストロンガー』の主演俳優と交友は深いと聞く。 |
| V3の宮内洋には前番組の先輩としてオートバイ技術を教授してもらったことも語っており、仕事で会うとよく話をするという。 |
| ほぼ同年代とあって岡崎、『ストロンガー』の荒木しげるとは特に仲が良いと言われている。 |
| その様子は自身のブログに写真が貼ってある。 |
| その時はストロンガーの荒木しげるも参加予定だったが、当日体調が悪く参加できなくなったと書かれている。 |
| 自ら塾長として「速水アクターズスタジオ」を2006年8月に長野県松本市、2007年2月に長野市、2007年6月に東京都(池袋)で開校し、直接指導をしている。 |
| 後年ダウンタウンの番組具体的な番組名を。 |
| -->で「ウルトラマンと仮面ライダー」という企画に登場。 |
| 宮内洋、団時朗、黒部進とともに出演。 |
| 仮面ライダーシリーズに主演したことについて「そりゃもう(その後は)スターや」と関西弁で冗談めかしく自慢していた。 |
| またXライダーとしてのライバルとして挙げたのが「火薬と高い所」であり、自身が高所恐怖症であることを暴露した。 |
| この時も宮内と共に空手の試割を披露するが、宮内との綿密な打ち合わせに集中していたために、松本から「ヒーローは人の話を聞かない」と皮肉を言われていた。 |
| 「火薬」に関しては理由があり、ヒット作であった前作『仮面ライダーV3』と交代で主演を務めた時には比較され辛い思いをしたそうである。 |
| 『V3』の宮内洋は制作元の東映の所属であった為に予算以上に火薬を使用して派手なアクションが多かったのだが、速水自身もそれを受け継ぐ形になった。 |
| 加えてまだスタッフや大野剣友会とは打ち解けていない序盤の撮影では火薬で悪戯されたこともあり、一時は火薬恐怖症になったという。 |
| ソニーマガジン発行・著者:岡謙二・『不滅のヒーロー・仮面ライダー伝説』の本人のインタビューより。 |
| ・幼少期に2階から転落したり、火の見やぐらに登って降りれなくなったのがトラウマとなったのが、きっかけで高所恐怖症になったという。 |
| 2010年4月4日大野剣友会の当時のスーツアクターの面々と佐々木剛、荒木しげる、高杉俊介と共にライダー関係のイベント「大野剣友会in永田町仮面ライブ:昭和」に出演。 |
| 舞台上で短い殺陣と「大変身」を披露、新堀和男がXライダー役に変身、ファンの喝さいをあびている。 |