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プロフィール
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郭源治(かくげんじ、1956年10月5日-)は、台湾台東市出身の元プロ野球選手(投手)。台湾原住民族アミ族である。日本人女性と国際結婚し、1989年9月日本に帰化。現在の本名は佳久源治。
経歴
| 1969年、リトルリーグ台湾代表チーム金龍隊として来日し、優勝する。 |
| 華興高等学校、輔仁大学から兵役を経て、1981年、シーズン途中に中日ドラゴンズに入団。 |
| 1982年から先発ローテーションの一角として同期入団の中尾孝義とのバッテリーで活躍し、そこから4年連続で2桁勝利を挙げる。 |
| 1987年、抑え投手の牛島和彦が落合博満との世紀のトレードでロッテオリオンズに移籍したのを機に、抑えに転向する。 |
| 但し、現在の岩瀬仁紀らに代表される、8回終盤から9回の1イニング前後の起用では無く、7回からの複数イニング投げる起用も少なくなかった。 |
| 1988年の夏に弟を交通事故で亡くしてしまう。 |
| 傷心の中、最初の登板で星野監督から「ゲンジ、弟が空から見ているぞ」と声を掛けられ、「ボクはこの人を必ず優勝させたい。 |
| そのためならカラダが壊れてもいい」と奮起したという。 |
| 以降、闘志を前面に出す気迫溢れる投球スタイルが持ち味となり、郭がマウンドで見せたガッツポーズは「郭ダンス」と称された。 |
| 勝てばリーグ優勝の決まる、対ヤクルトスワローズ戦のテレビ中継では、実況を担当した東海テレビの吉村功から『郭がもう泣いてます…』の名文句が生まれた。 |
| ヤクルトの秦真司から三振を奪い試合終了(捕手は中村武志)。 |
| MVPに選出される。 |
| MVPに輝いた1988年は7勝37セーブの44セーブポイントを挙げた。 |
| これは1998年に横浜ベイスターズ・佐々木主浩の46セーブポイントで抜かれるまでの日本記録であった。 |
| 宋美齢の後押しもあり1989年9月には日本に帰化し、「郭」と発音の同じ「佳久」に改姓した(登録名は郭源治のまま)。 |
| 自身と同じく24歳で即戦力新人として入団した与田剛のストッパーとしての大活躍で1991年には先発として13勝を挙げ、翌1992年は開幕投手に抜擢される。 |
| 1993年4月27日の対阪神タイガース戦では8回まで無安打。 |
| 9回無死で久慈照嘉に安打を打たれ、ノーヒットノーランを逃す(7連続を含む13奪三振で1安打完封)。 |
| 1994年、史上5人目となる100勝100セーブを達成、併せて最優秀防御率のタイトルも獲得した。 |
| 引退試合ではナゴヤドーム完成後の最初の試合(オープン戦)で、イチローをライトフライに打ち取った。 |
| 1997年に台湾・中華職業棒球聯盟で現役復帰。 |
| 統一ライオンズ、和信ホエールズで活躍する。 |
| 1998年には先発11試合連続勝利の中華職業棒球聯盟記録を達成する。 |
| 1999年のシドニーオリンピックのアジア最終予選(韓国)には42歳で台湾代表として選出された。 |
| 選手引退後は名古屋市中区でレストラン郭源治 台南担仔麺(かくげんじ たいなんたーみぃ)を経営。 |
| マスターズリーグの名古屋エイティデイザーズにも参加。 |
| 背番号33は台湾ナショナルチームの永久欠番。 |
人物
| 恵まれた家庭の生まれとはいい難く、来日時の所持金も日本円にしてわずか3000円程度であった。 |
| 自身の家族を経済的に支えるため日本球界へ挑戦したといえる郭は、一日も早く日本での生活に慣れようと移動中の新幹線では絶えず日本語を勉強していて、チームメイトとも日本語で会話する努力をしていた。 |
| 鍛え抜かれた肉体と甘いマスクで女性ファンも多かった。 |
| 流暢な日本語を話すが、プロ野球選手としての実績や風貌からくる男性的なイメージに反し、極めて女性的な話し方をする。 |
| バッティングでは、1988年5月13日の対読売ジャイアンツ戦では、槙原寛己投手からサヨナラホームランを放ったちなみにそのホームランボールは現在、郭本人が所持している。 |
| 実は10数年後に現在、中京テレビで放送されているスポーツスタジアムの中でかつて放送されていた懐かしいドラゴンズ名場面を取り上げたコーナーの蔵出しドラゴンズでこの話題が取り上げられ、その日の放送後にそのホームランボールをキャッチし所持していた男性から郭本人の手元に渡された。 |
| しかし、1990年8月14日対広島戦で佐々岡真司投手にサヨナラホームランを打たれたこともある。 |
| 次男の佳久創はラグビー選手であり、現在明治大学ラグビー部に所属。 |
タイトル
| 最優秀防御率:1回(1994年)。 |
| 最優秀救援投手:2回(1987年-1988年)。 |
表彰
| MVP:1回(1988年)。 |
| 日本シリーズ優秀選手賞:1回(1988年)。 |
| 月間MVP:2回(1988年6月、1991年6月)。 |
| ファイアマン賞:2回(1987年、1988年)。 |
記録
| オールスターゲーム出場4回(1982年、1984年、1988年、1991年)。 |
背番号
| 30(1981年-1985年)。 |
| 33(1986年-1996年)。 |
関連項目
| 中日ドラゴンズの選手一覧。 |
| 郭泰源、荘勝雄-同時期に台湾から日本球界に入り成功した選手。 |
| 台湾では1980年代、成功した台湾人選手としてこの3人を「二郭一荘」と呼んだ。 |
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1956年
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郭 源治(かく げんじ)は、台湾台東市出身の... |
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1969年
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リトルリーグ台湾代表チーム金龍隊として来日... |
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