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江田船山鉄剣(3) 都市牛利 都市は、道教用語であろう。 都市牛利の都市は、道教からきている。 物事の始まりは、一です。 一で始まり・・・十で完結。十は、自然の道。完全を意味する。 平安期に十王信仰が盛んになり、現在も各地に残る。 道教は、仏教と違って、現世志向です。生きている者を供養する。そのため、生きているうちに再審議する。八番目、八王は、平等王、九王は、都市王、十王は、五道転輪王。 仏教の各々、百日、一年、三年と対応する。 仏教では、死後、百回忌(平等王)、一周忌(都市王)、三回忌(五道転輪王)に対応する。ちなみに閻魔王は五七日です。 都市の初見は、「とふち」(旧カナ遣い)これだと思う。 ところで、三国志・蜀の名将諸葛孔明は、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十と唱えた。一から十を数えれば、魂も生き返ると。現に、死せる孔明、司馬仲達をうごかしました。また、古帝王夏 ... もっと見る
江田船山鉄剣(3) 都市牛利 都市は、道教用語であろう。 都市牛利の都市は、道教からきている。 物事の始まりは、一です。 一で始まり・・・十で完結。十は、自然の道。完全を意味する。 平安期に十王信仰が盛んになり、現在も各地に残る。 道教は、仏教と違って、現世志向です。生きている者を供養する。そのため、生きているうちに再審議する。八番目、八王は、平等王、九王は、都市王、十王は、五道転輪王。 仏教の各々、百日、一年、三年と対応する。 仏教では、死後、百回忌(平等王)、一周忌(都市王)、三回忌(五道転輪王)に対応する。ちなみに閻魔王は五七日です。 都市の初見は、「とふち」(旧カナ遣い)これだと思う。 ところで、三国志・蜀の名将諸葛孔明は、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十と唱えた。一から十を数えれば、魂も生き返ると。現に、死せる孔明、司馬仲達をうごかしました。また、古帝王夏后「禹」をまねた蛇のような歩きをする。禹歩という。いにしえの事をよく知った人です。当然、老子、道教も知っていたのであろう。 余談ですが、本名は、葛亮で一字姓です。諸葛は、他人が呼ぶので、葛氏はそのまま放置しています。二字姓ではありません。 いにしえの葛天子の後裔でしょう。 人物特定 和名抄、筑前鞍手郡内六郷 ①新北 爾比岐多 にひきた ②金生 加奈生 かなふ ③二田 布多多 ふたた ④生見 伊無美 いむみ ⑤十市 止布地 とふち ⑥ 粥田 加郁田 かゆた 都市は十市で止布地です。隣の宮田町に都市八幡社がある。 先代旧事本紀。尾張氏に六人部連ら祖 妙斗米命。物部氏に六人部連ら祖 安毛建美命がいる。 十一をピックアップします。 太田 亮 九州の十市郷 筑後三毛郡に十市郷あり。弦田物部氏であろう。 筑後竹野郡二田郷も物部です。なお、新潟県弥彦神社近くにも二田物部あり。 奈良県 奈良の十市郡 当時は山辺郡であろう。その南に、磯城郡(城下郡、城上郡)、十市郡、高市郡、葛城郡・・。十市は、石上神宮の神宝管理者、物部十市根大連からの由来であろう。 現在、奈良市の行政区で、帯解あたりを十市(とおいち)という。 成務天皇紀(300年代) 肥前は松浦郡、現在の唐津市は、末羅國(まつら)です。国造は尾張氏の分支氏族、穂積臣同祖矢田稲吉です。(国造本記) 菜畑遺跡の石包丁で穂を摘み、積む。相応しい。なお、当地は、末盧國(まつろ)ではありません。 すでに見たように、熊本県江田船山の名旡利弖は、六人部連です。江田船山を真北に行くと、鞍手町の六つ岳や剣岳の近辺に着く。この辺の十市が都市牛利の根拠地であろう。後に都市八幡神社ができている。六人部連都市牛利あるいは物部連都市牛利でしょう。 六人部連の由来 易経の八卦のひとつで、坤(こん)の六二で、大吉です。 既に見たように、火明尊、饒速日尊の後裔氏族、尾張氏、物部氏がセットで六代つづけると決めたのであろう。都市牛利は、名前で物部連十市牛利です。都市は十市と同じ。十市の市は、蜃気楼の意味です。蜃気楼には、山市、海市あり。先祖の饒速日尊(にぎはやひ)は、いわば太陽の蜃気楼、偽の日を冠するグループで、稲田の後光の元です。市は蜃気楼のことだから、よく似合う名称です。 日下(くさか)の草香る がよく当てはまります。 戻る
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難升米
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文帝
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卑弥呼
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森浩一
考古学者。同志社大学名誉教授。専門は日本考古学、日本文化史学。 |
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都市牛利さんについてのひとこと紹介
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