| 1977年陸軍中尉満期除隊(ROTC)。 |
| 1980年アメリカのMIT経営大学院(TheSloanSchoolofManagement)卒業。 |
| 1982年現代重工業社長。 |
| 1983年蔚山大学校理事長(現)大韓洋弓協会会長/世界洋弓協会運営委員。 |
| 1984年実業テニス連盟会長。 |
| 1987年現代重工業会長。 |
| 1987年東京大学交換教授。 |
| 1988年第13代国会議員当選(無所属、蔚山東区)。 |
| 国会国防委員会委員,経済科学委員会委員。 |
| 1990年学校法人現代学校理事長(現)。 |
| 1991年現代重工業顧問。 |
| 1992年第14代国会議員当選(統一国民党、蔚山東区)。 |
| 国会国防委員会,文化体育公報委員会,統一外交通商委員会委員。 |
| 大韓サッカー協会会長(現)。 |
| アメリカのジョンズ・ホプキンス大学国際関係大学院(TheSchoolofAdvancedInternationalStudies,SAIS)国際政治学博士の学位取得。 |
| 1994年国際サッカー連盟副会長(現)。 |
| 1995年ジョンズ・ホプキンス大学大学財団理事。 |
| 1996年第15代国会議員当選(無所属,蔚山東区)、国会統一外交通商委員会委員など。 |
| 2002年ワールドカップ組織委員会副委員長。 |
| 韓国外国語大学校国際地域大学院特別招聘教授。 |
| 慶煕大学校体育科学大学院ビジティング・プロフェッサー。 |
| 高麗大学校経営学部教授・学校法人高麗中央学校財団理事(現)。 |
| 21世紀平和財団理事(現)。 |
| 第16代国会議員(現),国会統一外交通商委員会委員,国会女性特別委員会委員。 |
| 2000年2002年ワールドカップ組織委員会委員長。 |
| 2001年峨山財団理事長(現)ASIASOCIETY財団理事(現)。 |
| 日韓共催ワールドカップ主催。 |
| 国会教育委委員(現)。 |
| 大統領選挙に出馬を表明したが盧武鉉との候補者一本化に応じ、投票日の前日に取りやめ。 |
| 2004年第17代国会議員当選(国民統合21、蔚山東区)。 |
| 12月3日、野党・ハンナラ党の大統領候補である李明博支持を表明。 |
| 同日、同党に入党 |
| 1月29日、ハンナラ党第5回全国委員会で党最高委員に選出される |
| 3月16日、4月に行なわれる第18代国会議員選挙にソウル特別市銅雀区乙選挙区から出馬することを宣言、統合民主党の鄭東泳との事実上の一騎打ちとなった |
| 3月18日、7月に行なわれるハンナラ党代表選挙に出馬する意向も示す |
| 選挙の期間中にはMBCのある女記者の頬を撫でたり弄ったりした行動でセクハラスキャンダルに巻き込まれ謝罪の声明まで出す。 |
| 4月9日、この日行われた総選挙で、統合民主党の鄭東泳候補を破って当選を果たす |
| 聯合ニュース2008年4月10日付。 |
| 6月27日、KBS1ラジオのハンナラ党代表選の候補討論会の途中、相手の「市内バスの基本料はいくらか」と言う質問に「70ウォン」と答え世間の非難を引き起こす実際の料金は、通常は1000ウォン、交通カード利用時は900ウォン。 |
| 7月3日、この日行われた党大会において、代表最高委員選挙が実施され29.7%の得票を得た朴熺太(パク・ヒテ)が新代表に当選した。 |
| 次点となった鄭夢準は党最高委員に就任「 |
| 9月7日、10月に行われる国会議員再選挙に出馬するため代表の座を退いた朴熺太の後任として、党憲・党規に基づいてハンナラ党の新代表に就任 |
| 6月3日、2日に行われた全国同時地方選挙でハンナラ党が敗北した責任をとって党代表を辞任 |
| 2010年6月3日付連合ニュース。 |
| 1月6日、アジアサッカー連盟枠のFIFA副会長選挙にて、ヨルダン王族のアリ・フセインに敗れて副会長の座を失った |