| 性格は常に前向き、また目立つのが好きである。 |
| 2005年は試合後に行うライブが話題になった。 |
| 2005年5月29日の対横浜ベイスターズ戦(千葉マリンスタジアム)で自身初の満塁本塁打を放ち、この試合好投した渡辺俊介と共にヒーローインタビューで「今日は球場正面入り口で俊介と歌いまーす!」と宣言。 |
| 千葉ロッテマリーンズの公式応援歌『WeLove Marines』を歌う。 |
| 2005年8月8日の渡辺俊介と今江敏晃がヒーローの試合後、渡辺に指名され三人で歌う。 |
| 野球選手の次に歌手になりたかったと言い、人前で歌うのは小さい頃からの夢であったという。 |
| 2005年8月28日の対オリックス・バファローズ戦で黒木知宏が復帰登板勝利を果たしたその日、ステージに来たのは本塁打を打った里崎であり(黒木がステージに出演しない事は、場内アナウンスで説明があった)、黒木がヒーローインタビューでかけていた「本日の主役」タスキをかけて歌いに来る。 |
| 鼻の真下にある大きなほくろがトレードマーク。 |
| 本人もお気に入りで、緊張した時にそれを触ると落ち着くらしい。 |
| ファンも触りに来るほど。 |
| 球団のベースボールドッグであるエルフにもなつかれている。 |
| ラジオ番組に出演した際「何でも作れる」と話していた。 |
| 歯を1日5回磨く。 |
| 『(自宅)所蔵数約1,000冊』と語るほどの、漫画愛好家としても知られる。 |
| 遠征で移動する時も、漫画雑誌を携帯している。 |
| 鋼の錬金術師が好きで全巻所有している。 |
| 元東北楽天ゴールデンイーグルスの愛敬尚史とは帝京大学の同級生(背番号も同じであった)。 |
| バッテリーを組み活躍した。 |
| 現在でも親交は厚く、また対戦の時には互いを意識するコメントが両者のブログで見受けられた。 |
| 空振りした際にバットを飛ばしてしまう癖があることで有名。 |
| この癖は、バットを飛ばす千葉ロッテ独自の練習法の一つ(2002年打撃コーチであった高畠康真の考案)(かつては今江敏晃、福浦和也、澤井良輔など千葉ロッテの野手の数人に見られた)と、変化球を強引に打ちに出るため“バットを放り投げるようなバッティング”をしているからという説がある。 |
| 2006年はWBC決勝での相手ピッチャー方向へのバット投げや、シーズンを通しても計10回(特に8月は21試合の出場で5回)のバット投げを記録している。 |
| 2006年シーズン開幕より毎日更新していたブログを10月3日の記事で更新終了。 |
| ブログにて好きな言葉を「YES,ICAN'T」と書いたことがあるこのような用法は存在しない。 |
| 複数回書いているためタイプミスではないようである。 |
| なお、すぐに「YES,ICAN」に全て修正された。 |
| ファンの間では有名なエピソードなので、書いてあってもおかしくないと思います。 |
| ブログにて7月8日に七夕と絡めて「彦星と乙姫が~」と書いたことがある。 |
| (後に「織姫」に修正された)。 |
| 2007年1月2日に放送された番組「徳光&所の世界記録工場Part3」(日本テレビ)に出演。 |
| 前回のPart2で、元チームメイトの初芝清が260m上空からのフライキャッチに挑戦するも失敗し、里崎はリベンジすべく更に5m高い265m上空からのフライキャッチに挑戦し、フライキャッチに向いている外野手用グラブを使うなどするもまたもや失敗。 |
| リベンジは果たせなかった。 |
| 交流戦では2005年より3年連続で満塁ホームランを放っている。 |
| それも2006年、2007年はともに雨中の神宮球場での2死からの満塁逆転弾だった。 |
| ヒーローインタビューでもこの点について触れられ、「特に雨が降る満塁の神宮は縁起が良いみたいです」とコメントした。 |
| 2008年は交流戦では満塁弾はなかったものの、レギュラーシーズンでは満塁弾を放った試合があり、4年連続で満塁弾を放った。 |
| 2008年シーズン終了現在、マリーンズで4年連続で満塁弾を放った選手は里崎のみである。 |
| キャプテンを任されるなど責任感は強く、またそれが原因で不甲斐ない投球をした投手に辛辣なコメントを出すこともある。 |
| ただ、これはチームの勝利を何よりも重く考えるが故であり、その姿勢などから先発投手陣からの信頼は厚い。 |
| 2008年に放映されたテレビ朝日系連続ドラマ『打撃天使ルリ』第3話に間接的にだが出演している。 |
| 作中でサヨナラホームランを放った。 |
| 2009年8月2日に行われた東北楽天戦で相手選手のトッド・リンデンと一触即発の状態となる。 |
| 発端は3回表の胸元への投球にリンデンが挑発行為を行い、6回表の次打席でリンデンがバントの構えから引いたバットが、里崎のマスクを掠め、それをリンデンが謝罪しなかったことにより報復行為とみなされたことである。 |
| 両選手の争いはベンチより選手・コーチらが飛び出し両チームを巻き込むものへと発展したが、幸い乱闘騒ぎが起こるようなことはなかった。 |
| しかし延長11回裏に今度は里崎の頭部付近への投球があり、次打者福浦和也の頭部への死球により有銘兼久が危険球退場になるなど、遺恨を残した。 |
| 2010年10月、クライマックスシリーズ進出に際し「最高の下克上を見せる!」と発言。 |
| 日本シリーズ制覇でメディアにおいても“史上最大の下克上”と用いられるようになった。 |
| 日本シリーズでは左肩にガングリオンができたことを隠しながらプレーした。 |