| 高校卒業間近に「NHKのど自慢」に出場する機会があり伊藤久男の代表曲「山のけむり」を熱唱し合格した。 |
| のちにも里見はコンサート等で「この合格が芸能生活への原点である」などと多く発言している。 |
| 静岡県立富士宮北高等学校卒業後上京。 |
| 築地の魚市場の経理係をしながら歌手を目指した。 |
| そのためか、魚の捌き方などは築地仕込みで、愛のエプロンの特番では、見事な腕前を披露していた。 |
| 1956年、東映第3期ニューフェイスに合格し、翌年、『天狗街道』で俳優デビュー。 |
| 1958年、『金獅子紋ゆくところ』初主演。 |
| その主題歌『金獅子紋道中唄』で歌手デビュー。 |
| 映画では時代劇を中心に主演・助演を問わず多くの作品に出演した、主演は子供向け作品が多かった。 |
| 初期は美空ひばりや中村錦之助主演作品で、要(かなめ)の助演が多かった。 |
| 大御所片岡千恵蔵作品の出演も多く、名作『十三人の刺客』でも千恵蔵を補佐する役を演じた。 |
| 映画出演は、日本映画斜陽と言われた1971年前年に日活作品にも数本出演。 |
| 1971年に日活は経営悪化によりポルノ映画製作に転換、大映は倒産している。 |
| 以降は(水戸黄門10周年記念作品を除き)、30数年間映画出演の機会は無かった。 |
| 以後、テレビドラマ出演が多くなった。 |
| 1965年2月26日に京都地裁より拳銃密輸と所持により、懲役8ヶ月(執行猶予3年)の判決を受けている背景には、当時警察当局は大手暴力団の壊滅作戦(俗に言う第一次頂上作戦)を進めており、とりわけ三代目山口組田岡一雄の周辺は多くの逮捕者が出た。 |
| これもその一環で芸能界に深いつながりのある山口組との関係に対する制裁の面が強かった。 |
| 若き日の里見にも多くの映画スターと並んだ田岡一雄との写真がある。 |
| 容疑は1963年4月にハワイ旅行で山城新伍と共に、SW22口径コルトを購入、日本に持ち込んでいた。 |
| 山城の方は同年末に拳銃所持が発覚し検挙されて1964年の春には罰金刑を受けていたが、後に山城が持ち込んだ拳銃は山口組系暴力団組員へ売却され、山城自身が所持していた拳銃は里見が持ち込んだ物を譲り受けた物と判明し、2人揃って起訴された。 |
| なお山城は、懲役10ヶ月(執行猶予3年)の判決を受けた。 |
| 1969年からスタートした『水戸黄門』では第3部より杉良太郎に代わり、2代目助さんを演じ第17部まで約17年間務めた。 |
| (なお後任はあおい輝彦)。 |
| 1970年代半ばから80年代にかけ、東京12チャンネル『大江戸捜査網』や、主人公は同一人物だが、別作品のテレビ朝日系列『長七郎天下ご免!』や、日本テレビ系列『長七郎江戸日記』など数多くの時代劇作品で主演を務め、時代劇俳優の地位を不動のものとする。 |
| 主演作品では主題歌も歌う事が多かった。 |
| 1980年代半ばから90年代初めの日本テレビ系列の『年末時代劇スペシャル』では最多の6度にわたり主演している。 |
| 舞台活動も旺盛で1977年8月から名古屋御園座で座長公演を始め、主に東京では明治座、大阪では梅田コマ劇場などで年に1回から3回行っている。 |
| 主演が多くなった1980年代以降は、特に熟年女性を中心に安定した演技力が称賛され、「主婦のアイドル」等として多くのファンを得ている。 |
| 歌手活動でもコンサート・ディナーショーを積極的に行っている。 |
| テレビドラマ時代劇では、長年勧善懲悪の主演を専らとしてきた。 |
| しかし1993年の『炎立つ』への出演を皮切りに「大河ドラマ」にも出演するようになった(ちなみに『炎立つ』の出演は『NHKのど自慢』に参加して以来のNHK出演であり、『水戸黄門』でも共演した西村晃と共演した)。 |
| また、現代劇等においても新しい役柄を開拓していく姿勢を打ち出している、30数年ぶりの映画出演で話題になった初の松竹作品『およう』では洋画家藤島武二を演じた。 |
| なお現代劇の助演では、刑事部長・警察署長役(「信州のコロンボ」シリーズ他)をしており、京都で一日署長をしたこともある。 |
| 2002年10月より、助さん役を17年間演じた時代劇『水戸黄門』に、病気降板した石坂浩二に代わる5代目水戸光圀役として14年ぶり(番組出演は特別出演して以来7年ぶり)に復帰。 |
| 歴代の黄門とは違って全体的に物静かで渋い雰囲気であるが、助さん役にあった力強さは健在で「強くて優しい」黄門をコンセプトに演じている。 |
| 因みに里見は助さん、(初期の映画で)格さん、光圀の3役を演じた唯一の俳優である。 |
| 3代目光圀役の佐野浅夫とは親戚(又いとこ)の関係にある。 |
| 私生活では多趣味多芸で、多忙を極めつつも絵画を描き、ゴルフも得意であるが、2006年夏にプレイ中に左耳に小さな昆虫が入り、その虫が耳奥で死に腐敗した影響で(気が付くのが遅れ)鼓膜が破れる事故が起き、2007年2月に鼓膜再生手術を受けている。 |
| アメリカカリフォルニア州サンディエゴに別荘を持っており、『水戸黄門』などの撮影や舞台公演が終わると、オフタイムでは渡米し長期滞在することが多い。 |
| 自他共に認める下戸で、夫人と共に食事した際に出された梅酒を一杯飲んだだけでものびてしまうほど。 |
| しかし、自宅で役者仲間やスタッフらを招待した(打ち上げなどの)宴会では、歌や接待につとめ進行役に専念しているという。 |