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プロフィール
- 野田佳彦とは
- 生い立ち
- 学生時代
- 政界入り
- 国政へ
- 堀江メール問題での失脚
- 鳩山内閣
- 菅内閣
- 民主党代表選挙・内閣総理大臣へ
- 政策・主張
- 政治家として
- 政治資金問題
- 民団に選挙協力で謝辞
- 経団連会長からの接待
- 父親の経歴詐称疑惑
- 系譜
- 関連サイト
野田佳彦(のだよしひこ、5月20日-)は、日本の政治家。民主党所属の衆議院議員(5期)、内閣総理大臣(第95代)、民主党代表(第9代)。千葉県議会議員(2期)、民主党国会対策委員長(第7・10代)、花斉会会長(初代)、財務副大臣、 財務大臣(第14代)などを歴任した。
生い立ち
| 千葉県船橋市出身。 |
| 父は富山県の農家の6人兄弟の末っ子として生まれた自衛官(第1空挺団 |
| 母は千葉県の農家の11人兄弟の末っ子だった。 |
学生時代
| 船橋市立薬円台小学校、船橋市立二宮中学校と進み、千葉県立船橋高等学校に入学日本経済新聞2011年8月30日朝刊。 |
| 船橋高校では柔道部に所属 |
| 早稲田大学政治経済学部政治学科に現役で入学。 |
| 立花隆に憧れ、ジャーナリストを志していた。 |
| 在学中は新自由クラブでボランティア活動をしていた。 |
| 1980年、早大を卒業し松下幸之助が設立したばかりの松下政経塾に第1期生として入塾。 |
| 同期の塾生に横尾俊彦がいる。 |
| 1985年、政経塾を卒業。 |
| 卒業後は家庭教師や都市ガスの点検員等、様々な仕事を経験した |
政界入り
| 1987年、千葉県議会議員選挙に立候補。 |
| なお、新聞社の選挙予想では泡沫候補の扱いを受けていたが、当時最年少の29歳で初当選を果たした。 |
| 千葉県議は2期務めた。 |
国政へ
| 1992年、松下政経塾の評議員の1人だった元熊本県知事の細川護煕の下で日本新党の結党に参加。 |
| 翌1993年の第40回衆議院議員総選挙に旧千葉県第1区から出馬し、当選を果たした。 |
| この総選挙では日本新党ほか新生党、新党さきがけが党勢を拡大して自由民主党を過半数割れに追い込み、8党派の細川連立政権が誕生する。 |
| 日本新党所属の野田も細川内閣を支えるが、国民福祉税構想の頓挫や佐川急便からの1億円借り入れ疑惑で窮地に陥った細川首相は1994年4月に突如辞意を表明し、8ヶ月で退陣。 |
| 続く羽田内閣も日本社会党の連立離脱により少数与党に転落し、非自民連立政権は10ヶ月で幕を下ろした。 |
| 同年末、新進党結党に参加する。 |
| 小選挙区比例代表並立制導入後初めて実施された1996年の第41回衆議院議員総選挙では千葉県第4区から出馬するが、自民党の田中昭一に105票差で敗北。 |
| この票差は全小選挙区でも最小の数字であった田中昭一:73,792票、野田佳彦:73,687票。 |
| 野田の惜敗率は99.85%。 |
| 新進党は加藤六月のような例外を除き(加藤の小選挙区でのライバルは橋本龍太郎)重複立候補を認めていなかったため、落選した。 |
| 落選後新進党を離党し、民主党に入党。 |
| 約4年間の浪人時代は中小・零細企業の経営者たちのカンパに支えられたという。 |
| 2000年の第42回衆議院議員総選挙では民主党公認で千葉4区から出馬し当選。 |
| 4年ぶりに国政復帰を果たした。 |
| 同年、民主党総務局長に就任。 |
| 翌2001年、民主党次の内閣でネクスト行政改革・規制改革担当大臣に就任する。 |
| 2002年の民主党代表選挙に際しては、菅直人・鳩山由紀夫の二枚看板(所謂「鳩菅体制」)に危機感を覚える前原誠司、松沢成文、河村たかしら中堅・若手議員で「第二期民主党をつくる有志の会」を結成。 |
| 9月の代表選に前原、野田のどちらを擁立するかで調整が難航したが、中堅・若手議員を代表する形で野田の出馬に落ち着いた。 |
| 鳩山代表の3選は阻止できず落選したが、選挙戦を通じて党内での知名度を高めた。 |
| その後、鳩山代表から政策調査会長就任を要請されるが、鳩山を支持するために代表選出馬を取り止めた中野寛成の幹事長就任を「論功行賞」と批判し、就任を固辞した。 |
| 2002年12月、民主党国会対策委員長に(~2003年11月)、2004年には次の内閣財務大臣に就任(2005年9月まで)し、党の要職を歴任する。 |
| 2005年の第44回衆議院議員総選挙では千葉4区で自民党の藤田幹雄の猛追を受けるが、944票差で藤田を破り、4期目の当選を果たす。 |
| なおこの選挙で、千葉県内の小選挙区で当選を果たした民主党議員は野田ただ1人であった。 |
堀江メール問題での失脚
| 2005年、総選挙で惨敗した民主党は敗北の責任を取って辞任した岡田克也代表の後任に前原誠司を選出し、野田は前原執行部で再度国会対策委員長に就任した。 |
| しかし2006年2月、永田寿康が引き起こした堀江メール問題では、当初このメールの信憑性を疑わず永田を擁護する対応を取ったため、国対委員長を引責辞任した(追って前原も民主党代表を辞任)。 |
| なお、このメール問題について、2008年に刊行された民主党秘書らによる『民主党10年史』(第一書林)では「普通の企業なら当然備わっている危機管理と統治能力がなかった」、「党執行部の仲良しグループ化が生んだ情報囲い込み」が原因だったと指摘された。 |
| また馬淵澄夫によれば、国対委員長を辞任した野田と神楽坂のバーで飲んだ際、野田は「いやー、いろいろあったけど墓場まで持っていくしかねぇな」と話したという |
| 国対委員長辞任後は科学技術政策ワーキングチームの座長として宇宙の軍事利用の検討を行い、防衛目的の利用はできないという従来の政府解釈を転換し、非侵略での宇宙利用を容認する「宇宙条約」の締結を進める方針や「宇宙庁」の設置を主張した。 |
| 2008年8月、「本当の二大政党なら政策論争をしないと意味がない」と主張し、民主党代表選への出馬を表明したが、幹部の松本剛明に強く自制を求められるなど自らのグループを纏め切れず、推薦人(20人)確保の目処が立たず、出馬を断念した。 |
| これにより、小沢一郎代表体制の継続が事実上決まった。 |
| これについて2008年9月7日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』で立候補を断念した経緯を語った。 |
| またこの出馬断念に反発した馬淵澄夫がグループを脱会した |
| 2009年5月の小沢代表辞任に伴う後継選挙では岡田克也を支援したが、岡田は鳩山由紀夫に敗北。 |
| ただ、岡田が鳩山代表の下で幹事長に就任すると、幹事長代理として執行部入りし、復権を果たした。 |
鳩山内閣
| 同年9月の鳩山由紀夫内閣の成立に伴い防衛大臣就任が取り沙汰されたが、近著で集団的自衛権の行使を主張していることから、党内や連立政権での意見対立を刺激することが懸念されたため野田の防衛相就任は見送られたものの、その手腕を高く評価していた藤井裕久財務相の意向により、財務副大臣に就任。 |
| 2010年1月に藤井が健康上の問題を理由に辞任すると、後任候補の1人として名前が上がり{{citenews。 |
| }}が、菅直人副総理が国家戦略担当大臣から横滑りする形で副総理兼財務相に就任し、野田の財務相昇格案は見送られた。 |
菅内閣
| 2010年6月、鳩山が代表・首相辞任を表明し、6月8日に鳩山内閣は総辞職した。 |
| 後継代表・首相には菅副総理兼財務相が就任し、菅内閣の財務相には野田が副大臣から昇格する形で就任することとなった。 |
| 初入閣での財務相就任は初めての例であり、戦後の大蔵大臣時代を含めても比較的異例である。 |
| 同年8月20日、為替動向について記者会見で「重大な関心をもって注意深くみていく」と述べる一方、為替介入についてはコメントを避けた |
| 9月8日、円高について衆院財務金融委員会での答弁で「明らかに一方的に偏っている」とし、「必要なときには為替介入をふくむ断固たる措置をとる」「産業の空洞化にもつながりかねないということで、強い懸念をもっている」と述べた |
| 10月8日、1ドル=81円台に上昇したことを受け「より一層重大な関心を持ってマーケットの動向を注視し、必要なときには介入を含めて断固たる措置をとるという姿勢に変わりはない」と述べた |
| また同日ワシントンで開かれた先進7か国財務相・中央銀行総裁会議(G7)では為替介入について「批判的な意見は出なかった」と説明した |
| 2010年9月に発足した菅改造内閣でも財務相に留任。 |
| 2011年1月の内閣改造に際しては内閣官房長官への横滑りも取り沙汰されたが、野田が財務相続投を強く希望したため、菅再改造内閣でも留任した。 |
| スタンダード&プアーズによる米国債の格下げに伴い、2011年8月8日に行われたG7電話会談では、「米国債への信頼は揺るがないし、魅力ある商品だと思う」と述べ、円高に対してはマーケットの動向を注視すると述べた |
民主党代表選挙・内閣総理大臣へ
| 朝日新聞が8月26日に発表した「次期首相にだれがふさわしいか」の世論調査の結果では、原口一博に次ぐ4位となった。 |
| 同26日には小沢一郎元代表の支持を受けた |
| 代表選には史上最多となる野田・前原誠司前外務大臣・海江田経産大臣・鹿野道彦農林水産大臣・馬淵澄夫前国土交通大臣の5人が立候補する形となった。 |
| 過半数を獲得した候補がいなかったため決選投票となり、小沢への批判票を集めた野田が215票を獲得して177票を獲得した海江田を逆転し、第9代民主党代表に選出された |
| 投票前に行われた、いわゆる「ドジョウ演説」では、ジョークや相田みつをの詩を交えつつ、政治に「夢、志、人情」を取り戻すことを訴えた |
| 党首選挙に於ける決選投票での逆転当選は、1956年12月自由民主党総裁選挙での石橋湛山以来55年振りで、民主党では初めてとなった2011年8月30日の毎日新聞(東京本社版)より。 |
| 民主党代表選出後の8月30日、菅再改造内閣の総辞職を受け衆参両院で行われた首班指名選挙において、第95代内閣総理大臣に指名される |
| 9月2日に天皇による親任式を経て正式に就任し、民主党と国民新党の連立による野田内閣が発足した |
政策・主張
| 沖ノ鳥島が領土であることを批判した唐家璇中国国務委員(副首相級)に対し、「南沙諸島を実効支配している貴国にとやかく言われる筋合いはない」と述べた。 |
| 更に、尖閣諸島に中国人活動家が上陸した折、日本の領土であることを確認する国会決議を提案したことがあり、一貫して中国脅威論を主張する。 |
| 小泉純一郎首相の靖国神社参拝が論争となっていた当時、民主党内ではA級戦犯合祀を理由に参拝を批判する見解が多かったが、2005年10月17日提出の質問主意書で「A級戦犯と呼ばれた人たちは戦争犯罪人ではない。 |
| 戦争犯罪人が合祀されていることを理由に首相の靖国神社参拝に反対する論理は破綻しているが、小泉総理の見解ではその論理を反駁できない」、「参拝の是非は国際政治的な利害を踏まえてなされるべきもので、誤ったA級戦犯理解に基づく是非論はA級戦犯とされた人々の人権侵害であり、人権と国家の名誉に関わる問題である」「東京裁判を受諾したという政府や外交当局の見解によれば、裁判における南京大虐殺20数万や日本のソ連侵略といった虚構も含め、日本が満州事変以降一貫して侵略戦争を行って来たという解釈を受け入れることになってしまう」と、保守派の立場をとった |
| 外国人が、帰化の手続きを簡略にできるようにすればいい」と述べている。 |
| 自民党、公明党との大連立に関し「101回でもプロポーズしていきたい」と意欲を示している。 |
政治家として
| 当時の社会党委員長の浅沼稲次郎が右翼の青年(山口二矢)に刺殺されるテレビニュースを観て、母は「政治家って大変ね」とつぶやいたという。 |
| 第162回通常国会における2005年1月21日の小泉純一郎首相による施政方針演説の中で、凶弾に倒れながらも「男子の本懐」と漏らした濱口雄幸首相を小泉が自らになぞらえたことに対して、1月25日の代表質問の場において、狙撃後も命をかけて国会に出席し説明責任を果たしたことが浜口の真骨頂であり、ぼかして逃げるあなた(小泉)とは違うと批判を行っている |
政治資金問題
| 過去に脱税事件で起訴された男性が関係する会社から、2007年6月に政治資金パーティーを行った際に40万円ずつ(計・80万円)のパーティー券を購入したことが判明した |
| この男性の関係する会社は前原誠司外相、蓮舫行政刷新担当相、渡辺喜美(みんなの党代表)の政治資金問題にも関与していたことが明らかになっている |
| 自民党の西田昌司参議院議員は2011年6月3日の参議院予算委員会でこの問題を取り上げ、質問を行った |
| 2011年1月20日に朝日新聞社が調べたところによると、関係政治団体「野田よしひこ後援会」が、2009年にクラブやスナックで支出した飲食費合計22万2500円を政治資金の交際費として支出したと、政治資金収支報告書に記載しており、野田の事務所は1月19日付で、報告書から削除した。 |
| 2011年6月11日にJNNが取材したところ、法人税1億数千万円を脱税していた容疑のあるソフト開発会社から「民主党千葉県第4区総支部」に2003年、2005年の2年間で計50万円の企業献金を受けていたことが明らかになった |
| 2011年6月16日には、業務上過失致死罪で医師が起訴された品川美容外科グループ創業者の男性から、2008年と2009年、2010年に各100万円の政治献金を受け取っていたことが明らかになった |
| 2011年9月4日には、自らの資金管理団体「未来クラブ」が政治資金規正法で禁じられている韓国籍の在日外国人2人から31万円余りの個人献金(政治献金)を受けていたことが新たに判明した |
民団に選挙協力で謝辞
| 2011年8月31日に「夕刊フジ」が報じたところによると、第45回衆議院議員総選挙の直後に行われた韓日友好イベント「マダン祭」で在日本大韓民国民団(通称:民団)に対し、選挙協力への謝辞を述べていたことが判明した。 |
経団連会長からの接待
| 2011年9月1日に、2010年10月29日の財務相就任時に、手塚仁雄・民主党総括副幹事長のほか、坂根正弘・日本経団連副会長(小松製作所会長)、丹呉泰健・前財務省事務次官と民間人1名と共に、住友化学の名で、日本経団連の米倉弘昌会長の接待宴に招かれていたことが判明した。 |
父親の経歴詐称疑惑
| 2011年9月3日に「日刊ゲンダイ」が報じたところによると、野田の父親(元自衛隊員)は第1空挺団所属ではなく、業務隊の所属だったことが、取材により明らかになった。 |
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