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プロフィール
- 金城龍彦とは
- プロ入り前
- プロ入り後
- 年度別打撃成績
- 年度別守備成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 関連項目
金城龍彦(きんじょうたつひこ、1976年7月27日-)は、横浜ベイスターズに所属するプロ野球選手(外野手)。
プロ入り前
| 元近鉄バファローズの選手である父・金城晃世の三男として生まれる。 |
| 在日韓国3世であり、旧名は金龍彦(キム・ヨンオン、김용언)。 |
| 2000年以降に日本国籍を取得している。 |
| 1994年には韓国の高校野球大会に在日韓国人チームの一員として出場したことがあるが、その際には現地の韓国人に受け入れてもらえず厳しいバッシングを受け、とても悔しい思いをしたという朝日新聞(2006年8月9日)。 |
| 高校は近大付高に在学。 |
| 2年の夏、大阪大会決勝で松井稼頭央、福留孝介擁するPL学園に勝ち、甲子園出場を果たした。 |
| 当時のポジションは投手。 |
| 当時、藤井彰人とバッテリーを組んでいた。 |
| 高校卒業後は社会人野球の住友金属に所属。 |
| 1998年度のドラフトにて5位指名で横浜に入団。 |
プロ入り後
| プロ入りすると同時に打者転向。 |
| 1年目の1999年10月3日の対中日戦で初出場。 |
| 翌2000年は結果を残さなければ二軍落ちという状況でプロ第1号となる代打本塁打を槙原寛己から放つ。 |
| これをきっかけに打撃の才能が開花。 |
| 三塁手のレギュラーに定着し、8月18日の阪神戦で規定打席に到達し2001ベースボール・レコード・ブック53頁「2000年度の主な記録と出来事」より。 |
| 、首位打者と新人王のタイトルを獲得。 |
| 同時受賞はプロ野球史上初であり、横浜の選手が新人王となるのは斉藤明夫以来23年ぶりであった。 |
| 打率は一時4割を超えていた。 |
| 同時に日本国籍を取得した。 |
| 三塁手としては失策が目立ったことや強肩を生かすため2001年から外野手に本格的に転向。 |
| 打率は大きく下げたが球団記録となる43犠打を記録するなど繋ぎ役として活躍。 |
| 2002年はキャンプイン前の減量が仇になり、打率1割台と不本意な1年になった。 |
| 2003年6月5日の対ヤクルト戦で中堅手の守備に就いた時に宮本慎也がライトに打ち上げたフライを、右翼手タイロン・ウッズが見失い、カバーで走ってきた金城がそのまま捕球。 |
| ライトフライの位置の打球をセンターフライにするということがあった。 |
| それには周囲の選手はおろか、金城自身も「俺はどこまできてるんだ」と驚くほどだった。 |
| その時の同僚の多村(現ソフトバンク)曰く「このプレーをしたのを実際に見たのはイチロー選手と金城しかいない」とのことである。 |
| 2003年は1番打者として打率3割を記録し、本塁打16本と長打力も身につけ見事復活。 |
| 1試合左右両打席本塁打を2回達成した。 |
| 1年での達成はセ・リーグ史上初である。 |
| 外野転向後は主に中堅を守っていたが、2004年から総合的な守備力の高い多村仁が中堅に入り金城は右翼を守るようになる。 |
| 打順も6番に。 |
| 2年連続3割を記録し引き続き活躍。 |
| 2005年は打順が3番に。 |
| ロバート・ローズの球団記録にあと1本と迫る191安打を放ち、打点も自己最多を記録。 |
| そして、守備も評価され、ゴールデングラブ賞を初受賞。 |
| この好成績により、2006年3月に開催されたWBC日本代表に選出された。 |
| 2006年は前年に続き3番右翼に入るが、後半になると打撃不振に陥り7番に回るなどし、最終的な打率も.268となる。 |
| しかし故障者が相次ぐ中144試合に出場し、好守備で幾度となくピンチを救った。 |
| 2007年から多村が移籍したため、再び中堅に戻る。 |
| 前半戦は打撃不調に陥るが、後半戦で打率を2割8分台に持ち直した。 |
| 2度目のゴールデングラブ賞受賞。 |
| 2008年は4月に猛打賞を3度記録するなど好調なスタートを切るが、5月以降は絶不調で夏場にはスタメン落ちもしばしば経験した。 |
| 打率は.247と低迷し、本塁打も9本と惜しくも二桁には届かなかった。 |
| FA権を取得していたためシーズン終了後に去就が注目されていたが、FA権は行使せず残留することを表明し、その後2年の複数年契約を結んだ。 |
| 2009年以降はスタメン出場が激減し、守備固めや右の代打として出場することが目立つようになった。 |
| 2010年オフにFA権を行使したが他球団からオファーはなく、年俸5000万円の1年契約で横浜に残留した。 |
年度別打撃成績
| 2010年度シーズン終了時。 |
| 各年度の太字はリーグ最高。 |
タイトル
| 首位打者:1回-2000年※スイッチヒッターのシーズン最高打率。 |
表彰
| 新人王(2000年)。 |
| ゴールデングラブ賞:2回(2005年、2007年)。 |
| JA全農Go・Go賞:2回-2001年・2007年9月(強肩賞)。 |
| 月間MVP:1回(2000年7月)。 |
| オールスターゲームMVP:1回(2005年第1戦)。 |
記録
| 初出場:1999年10月3日、対中日ドラゴンズ27回戦(横浜スタジアム)、8回裏に代打で出場、併殺打に倒れる。 |
| 初安打・初打点:1999年10月15日、対ヤクルトスワローズ27回戦(横浜スタジアム)、6回裏に高木晃次から右前適時打。 |
| 初本塁打:2000年4月16日、対読売ジャイアンツ1回戦(東京ドーム)、9回表に槙原寛己から代打ソロ。 |
| 初盗塁:2000年7月8日、対広島東洋カープ14回戦(広島市民球場)、6回表に二盗(投手:山崎健、捕手:瀬戸輝信)。 |
| 1000本安打:2007年6月3日、対オリックス・バファローズ2回戦(スカイマークスタジアム)、2回表にユウキから右前安打 ※史上246人目。 |
| 1000試合出場:2007年7月28日、対阪神タイガース12回戦(阪神甲子園球場)、3番・中堅手として先発出場 ※史上420人目。 |
| 1500試合出場:2011年8月25日、対広島東洋カープ17回戦(MAZDAZoom-Zoomスタジアム広島)、6番・中堅手として先発出場 ※史上172人目。 |
| シーズン43犠打:2001年(横浜ベイスターズ球団記録)。 |
| シーズン191安打:2005年(両打ち打者としては西岡剛、松井稼頭央に次ぐ歴代3位)。 |
| 左右両打席本塁打:3回。 |
| 2003年8月13日の対阪神戦。 |
| 2003年8月16日の対広島戦。 |
| 2006年8月19日の対広島戦。 |
| 先頭打者本塁打計7本。 |
| オールスターゲーム出場:3回(2003年、2005年、2006年)。 |
背番号
| 37(1999年-2000年)。 |
| 2(2001年)。 |
| 1(2002年-)。 |
| 9(2006年WBC)-岩村明憲・福留孝介と背番号が重複したため9番をつけた。 |
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1976年
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金城 龍彦(きんじょう たつひこ)は、横浜ベ... |
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1994年
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韓国の高校野球大会に在日韓国人チームの一員... |
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金城龍彦さんについてのひとこと紹介
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