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プロフィール
- 金村曉とは
- プロ入り前
- 日本ハム時代
- 阪神時代
- 信濃時代
- プレースタイル
- 人物
- 舌禍事件
- 年度別投手成績
- タイトル
- 表彰
- 記録
- 背番号
- 登録名
- 関連項目
金村曉(かねむらさとる、本名:金村秀雄(かねむらひでお)、1976年4月19日-)は、BCリーグの信濃グランセローズに所属するプロ野球選手(投手)。宮城県気仙沼市出身。に登録名を暁に変更。には曉に再変更した。
プロ入り前
| 小学生の頃から日本ハムファイターズのファンで、当時のエースだった西崎幸広に憧れていたという。 |
| の全国高等学校野球選手権宮城大会決勝で桜井幸博を擁する仙台工を破り優勝。 |
| 第76回全国高等学校野球選手権大会ではベスト8まで進む。 |
| 同年のドラフト会議で、ファンであった日本ハムファイターズから1位指名され入団。 |
| この時日本ハムは甲府工の山村宏樹を1位指名する予定だったが、直前になって金村に変更した。 |
| 入団記者会見ではハムをほおばるパフォーマンスを見せた。 |
日本ハム時代
| ルーキーイヤーのは一軍登板なしに終わった。 |
| 3年目のから頭角を現し始める。 |
| その後日本ハムのエースに成長したが、かつては怪我がちで「ガラスのエース」とも呼ばれていた。 |
阪神時代
| 移籍1年目のは先発ローテーションの一員として期待を受けるも、オープン戦前の投球練習の際に左太腿を痛め、開幕一軍を逃し出遅れる形となる。 |
| 7月3日に一軍に昇格し移籍後初登板、勝ち投手こそ逃したものの1失点の好投を見せる。 |
| だがこの試合以外は精彩を欠き一軍定着には至らず降格。 |
| 結局この年は8試合登板するも1勝もできないままシーズンを終えた。 |
信濃時代
| 2011年2月に信濃グランセローズの春季キャンプに参加し、その後は6月頃まで韓国球界などからのオファーを待つ予定だった。 |
プレースタイル
| ストレートは130km/h台後半から140km/h台前半を計測する程度。 |
| 変化球を主体に制球重視の投球をする。 |
| 主な球種は高速スライダー、カットボール、シュート、フォークボール、パームボールなどである。 |
| コントロールと緩急をつけたピッチングで打者の打ち気を逸らすのが特徴。 |
| 一時期は球威の衰えもあり、丁寧にコーナーをつく投球をするためコントロールが良い割には四球が多くなったことがある。 |
| パームボールは、深夜番組『NANDA!?』の「遅い球特集」を観て、高校時代に投げていたパームボールを実際に試してみたという。 |
| 非常にフィールディングに長けており、犠牲バント阻止も数多く見せているほか、投手ながらバッティングも良い。 |
人物
| 愛称は名前が金村曉であること、その漢字をあかつきと読めることから「あかつき」、「キンソン」。 |
| 座右の銘は、「弱気は最大の敵」。 |
| 元タレントの亜也子夫人との間に男の子の双子がいる。 |
舌禍事件
| 2006年9月24日の対千葉ロッテ戦では、5年連続2桁勝利と6年連続規定投球回到達の記録がかかっていたが、立ち上がりから投球が安定せず、4-1で日本ハムの3点リードで迎えた5回裏に2死満塁のピンチを迎えるとトレイ・ヒルマン監督に交代を命じられた。 |
| この後のレギュラーシーズン中の登板予定がなかったため、シーズン成績9勝6敗、投球回数134回2/3(規定に1回1/3不足)が確定し、記録が共に途切れることとなってしまった。 |
| 試合後、金村は降板させられたことについて「絶対に許さない。 |
| 外国人の監督だから個人の記録は関係ないのでしょう。 |
| 顔も見たくない」とヒルマン監督を誹謗する発言をした。 |
| これが原因で、球団は「出場選手登録抹消」「翌25日に行われるチーム練習への参加禁止」を即日決定し、25日には「罰金200万円」と「プレーオフ終了までの出場停止」という厳しい処分を下した。 |
| ヒルマン監督は当初「(金村は)プライドの高い投手。 |
| あそこで交代させたのは少し軽率だった。 |
| だがチームのムードを壊す行為は許されない。 |
| 私や選手が3年間通して作りあげたものを壊されたような感じだ。 |
| この件で使いづらくなった」とコメント。 |
| ただ、その日のうちには金村を許すことを決め、球団にも「シーズン中にリベンジの場を与えたい」と話していたという。 |
| 一方、金村も冷静になって事の重大さに気付き、チームOBの岩本勉に泣きながら電話をかけている。 |
| 日本ハム時代の先輩だった片岡篤史・下柳剛からも直接「ワシらはお前にそんな事を教えたか!目を覚まさせてやる!」と厳しい叱責を受けたが、最後には「こういう経験がないと大きくなれない。 |
| いい勉強と思って前向いてやれ。 |
| 成長するステップと思って頑張れ」という言葉をかけられた。 |
| 金村はレギュラーシーズン終了後に選手・首脳陣などに謝罪し、事態は収拾された。 |
| ヒルマンも金村に対し「君の9勝がなければ、我々はこの位置にいられなかった」とし、謝罪を受けて「わだかまりはない。 |
| 来るべき時の準備を進めてほしい」とエールを送り、決して金村を責めることはなかった。 |
| 日本シリーズでの復帰が決まり、10月25日の第4戦(札幌ドーム)に先発投手として登板、マウンドに向かう時にスタンドから歓声が起きた。 |
| そしてマウンドに上がると、1塁側、本塁側、3塁側、そして左翼席と5度頭を下げた。 |
| この試合では5回を5安打、2奪三振、2四球、82球で無失点に抑え勝ち投手となった。 |
| 試合後のヒーローインタビューでは「全国のファンの皆様、この場をお借りして改めて謝罪したいと思います、本当にどうもすいませんでした」と深々と頭を下げ、インタビュー終了後にヒルマン監督と抱き合った。 |
| このシリーズを制覇した日本ハムが日本代表として参加したアジアシリーズでは11月12日の対チャイナスターズ(中国野球リーグ選抜チーム)戦に先発し、5回で6安打1四球84球ながらも7三振を奪うなど要所を締め、勝利に貢献した。 |
表彰
| 月間MVP:2回(1999年4月、2000年4月)。 |
記録
| 初登板:1995年10月4日、対西武ライオンズ26回戦(西武ライオンズ球場)-6回裏無死から救援登板。 |
| 初奪三振:同上、6回表無死、打者:安藤真児。 |
| 初勝利:1997年9月28日、対西武ライオンズ26回戦(西武ライオンズ球場)。 |
| 初完投勝利:同上。 |
| 初セーブ:1998年4月19日、対千葉ロッテマリーンズ3回戦(長崎ビッグNスタジアム)。 |
| 初完封勝利:1998年9月12日、対西武ライオンズ23回戦(西武ドーム)。 |
| 初安打:2006年6月19日、対阪神タイガース6回戦(阪神甲子園球場)-5回表二死、投手:井川慶。 |
| オールスターゲーム出場:3回(1998年、2004年、2005年)。 |
| 開幕投手:3回(2001年、2004年、2006年)。 |
| 対オリックス戦15連勝(2004年4月13日から2006年9月10日までの記録)。 |
背番号
| 16(1995年-2007年)。 |
| 13(2008年-2010年)。 |
登録名
| 金村秀雄(かねむらひでお)(1995年-1996年)。 |
| 金村暁(かねむらさとる)(1997年-2000年)。 |
| 金村曉(かねむらさとる)(2001年-)。 |
関連項目
| 宮城県出身の人物一覧。 |
| 北海道日本ハムファイターズの選手一覧。 |
| 信濃グランセローズの選手一覧。 |
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1976年
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金村 曉(かねむら さとる、本名:金村 秀雄... |
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1995年
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初登板:、対西武ライオンズ26回戦(西武ライ... |
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つながりの強いひと
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金村秀雄
BCリーグの信濃グランセローズに所属するプロ野球選手(投手)。宮城県気仙沼市出身。に登録名を暁に変更。には曉に再変更した。経歴 プロ入り前 小学生の頃... |
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