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プロフィール
- 鈴木武幸とは
- プロフィール・エピソード
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- 撮影監督
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- 実写作品
- アニメ作品
- オリジナルビデオ
- 映画
- その他
鈴木武幸(すずきたけゆき、1945年1月-)は東映株式会社所属の日本のテレビドラマ・映画プロデューサー。東映株式会社専務取締役(テレビ営業部門担当兼テレビ第二営業部長委嘱)。東京都出身。
プロフィール・エピソード
| 大学卒業後、1968年東映入社。 |
| 実写、アニメ作品問わずプロデュース作品は多岐にわたり、膨大なのは、渡邊亮徳の部下であったからで、1996年以降からテレビ部責任者となり『がんばれ!!ロボコン』からは特撮作品にも関わり始めなかでも15作品でプロデュースを手掛けたスーパー戦隊シリーズではさまざまな趣向、アイデアを凝らし長期シリーズをてがけた。 |
| 1996年にテレビ第二営業部長、2004年に取締役、2008年に常務取締役、2010年7月に現職に就任、シリーズを問わず東映特撮路線を統括的な立場で見守り続けている。 |
| 長期シリーズに育ったスーパー戦隊シリーズも何度か打ち切り寸前になる事態に追い込まれたピンチもあったが、その局面を乗り越え、ターニングポイントを作り上げた点においても鈴木の果たした役割は決して少なくない。 |
| 『快傑ズバット』のスタッフクレジットに鈴木の名はないが、メインライターの長坂秀佳によると、番組の企画書を最初に起こしたのは鈴木であったという。 |
| 『超力戦隊オーレンジャー』終了後は営業に専念していたが、スケジュールが苦しくなった『仮面ライダークウガ』では第13話から急遽プロデューサーを務めた。 |
| また『特捜戦隊デカレンジャー』『魔法戦隊マジレンジャー』では制作総括として塚田英明を補佐する形で戦隊に再び復帰した時期もある。 |
| 東映ヒーローネットの「想い出に残る戦隊シリーズのベストエピソードは?」という質問には、非常に悩んだ結果『電撃戦隊チェンジマン』の第53話「炎のアハメス!」を挙げていた。 |
| 同エピソードは『チェンジマン』の最高視聴率16.1%を獲得している。 |
| 「いずれ『秘密戦隊ゴレンジャー』から最新の戦隊まで全ての戦隊ヒーローが揃った映画を作りたい」と日笠淳プロデューサーが雑誌にて構想を語ったが、このテーマについては鈴木は「今の子供たちは『チェンジマン』なんて知らないだろうし、作ったってヒットするかどうか分からないから…」と否定的なニュアンスで語っていた。 |
| (しかしこの日笠の構想は後に『海賊戦隊ゴーカイジャー』(2011年2月~)第1話及び劇映画『ゴーカイジャーゴセイジャースーパー戦隊199ヒーロー大決戦』の2作品において実現することとなった)。 |
脚本家
| 『がんばれ!!ロボコン』や『太陽戦隊サンバルカン』で組んだ上原正三にはかなり信頼を置いていたらしく、だからこそ上原が宇宙刑事シリーズ執筆のために戦隊を離れるときは相当に悔しい思いをしたと後年雑誌のインタビューで語っている。 |
| その後は上原に代わり戦隊のメインライターに就任した曽田博久と2人3脚でシリーズの繁栄を築いた。 |
| 9作連続で曽田はメインを務め、その後は井上敏樹、杉村升にメインライターを託し戦隊シリーズを継続させた。 |
| 井上を『鳥人戦隊ジェットマン』のメインライターとして起用しようとした際は「あんな生意気な奴に」とテレビ朝日の宇都宮恭三プロデューサーは反対してきたが、「井上君も悪い奴じゃないですから」と井上を囲んだ飲み会を企画することによりその反対を凌いだ事もある。 |
| その他のライターでは長坂秀佳、藤井邦夫、荒川稔久などをかつて重用していた。 |
| 『特捜最前線』でとあるエピソードを執筆する際に助言を求めてきた長坂に対し、アマチュア無線への造詣が深い鈴木は無線の知識を話すなどしてシナリオ作りをサポートしたこともあった。 |
監督
| スーパー戦隊シリーズでは『超電子バイオマン』『電撃戦隊チェンジマン』を除いて東條昭平が全てメイン格の監督として登板している。 |
| また長石多可男を『光戦隊マスクマン』以降4年連続メイン&パイロット監督として起用するなど、特にこの2人には信頼を置いていたようである。 |
| 因みに鈴木と長石は同じ1945年1月生まれである。 |
| また長石と東條以外では山田稔と組むことも多かった。 |
| 『科学戦隊ダイナマン』から『超新星フラッシュマン』まで戦隊の監督をした堀長文を起用したのは鈴木であった。 |
| 『ダイナマン』のとき、最初は「なぜ僕が?」と思い一度は依頼を断わっている。 |
| 「じゃあ、長石(長石多可男)君と一緒にやってもらいます」と鈴木から言われて依頼を受諾した。 |
| 堀と長石は『Gメン'75』シリーズで同じ演出グループにいたため旧知の仲であった。 |
| 長石の戦隊の参加は『チェンジマン』まで待つことになる。 |
| 鈴木は堀を『バイオマン』から『フラッシュマン』まで三作続けてパイロット監督として起用している。 |
| 『鳥人戦隊ジェットマン』でメインスタッフの刷新を試みたとき、鈴木は若手の雨宮慶太をメイン監督に起用することを決断する。 |
| 後に雨宮が雑誌「宇宙船」インタビューで語ったことによると『地球戦隊ファイブマン』の視聴率不振から「戦隊はこれ(『ジェットマン』)が最後になるかもしれないから」と鈴木は不断の覚悟を持って依頼をしてきたという。 |
| ただ当時31歳の雨宮のパイロット起用については社内でも反対の声がいくつかあったため、鈴木はパイロット版以前に雨宮に何分かのショートフィルムを撮影させたり、第1話の絵コンテを全て書かせてそれを基に説得工作に務めるといった逸話が残っている。 |
| 同じくそのインタビューによると、雨宮は鈴木に「若手でも全然大丈夫ですよ」と助監督の監督昇進を度々進言したという。 |
| 鈴木はどちらかといえば生え抜き助監督の監督昇進には慎重な態度をとる人間だったが、『恐竜戦隊ジュウレンジャー』にて当時26歳の渡辺勝也を監督として起用。 |
| これは当時として大胆な人事登用だった。 |
| また田﨑竜太のデビューは鈴木がプロデューサーとして最後に携わった『超力戦隊オーレンジャー』である。 |
| その後、渡辺と田﨑は東映特撮作品の中核を担う監督に成長している。 |
撮影監督
| 殆どの作品において、いのくままさおがチーフとして携わった。 |
| 戦隊シリーズもメインだった石橋英敏よりいのくまに交代させている。 |
映画
| 前項に属する作品の映画化は除く。 |
| 仮面ライダーTHEFIRST(2005年)※エグセブティブプロデューサー。 |
| 仮面ライダーTHENEXT(2007年)※エグセブティブプロデューサー。 |
その他
| パワーレンジャー(テレビ朝日放送版)(1995-1996年)※日本語版監修。 |
| パワーレンジャー(スーパーチャンネル放送版)(1999年)※日本語版監修。 |
| パワーレンジャー・ターボ(1999-2000年)※日本語版監修。 |
| パワーレンジャー・イン・スペース(2000-2001年)※日本語版監修。 |
| パワーレンジャー・ロスト・ギャラクシー(2001-2002年)※日本語版監修。 |
| パワーレンジャー・ライトスピード・レスキュー(2003年)※日本語版監修。 |
| ガンジス河でバタフライ(2007年)※「制作者」名義。 |
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1945年
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鈴木 武幸(すずき たけゆき)は東映株式会社... |
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1996年
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テレビ第二営業部長、2004年に取締役、2008年... |
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投票数
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つながりの強いひと
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八手三郎
東映映像本部テレビプロデューサーの共同ペンネーム。「スーパー戦隊シリーズ」をはじめとする東映製作の特撮テレビドラマ作品の原作者、およびその主題歌な... |
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曽田博久
映画・テレビドラマ作品の脚本家・小説家。島根県出雲市(旧:簸川郡大社町)出身。横浜国立大学中退。特にスーパー戦隊シリーズでは参加17作品、メインライ... |
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井上敏樹
井上敏樹(いのうえとしき、1959年11月28日-)は日本の脚本家。埼玉県出身。特撮テレビドラマ作品やアニメ作品を多く手がけている。成蹊大学中退。父親は同じ... |
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東條昭平
主に特撮テレビドラマ作品の元監督・演出家。福島県喜多方市出身。1966年、円谷プロ作品『快獣ブースカ』にて助監督として関わり、キャリアをスタート。1968... |
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長石多可男
映画・テレビドラマ作品の監督・演出家。広島県広島市出身。広島県立広島国泰寺高等学校卒業。血液型はA型(Rh-)。 |
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堀長文
特撮テレビドラマ作品の元映画監督・プロデューサー。元東映東京撮影所所属。早稲田大学卒業。 |
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いのくままさお
日本の映画キャメラマン。『がんばれ!!ロボコン』以前は「猪熊雅太郎」名義でのクレジットが確認されている。 |
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吉川進
東映の元プロデューサー。東京都出身。元女優の吉川理恵子、フルート奏者の吉川久子は実娘にあたる。 |
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中曽根千治
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鈴木武幸さんについてのひとこと紹介
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