| 郷ひろみのファンだった姉が履歴書を送ったことがきっかけで1977年にジャニーズ事務所に入所。 |
| 人並みはずれた運動神経をはじめ、ダンス、芝居、歌、美術系など多彩な才能を持ち、どれをとっても、子供時代から周囲の注目を集めていた。 |
| 一時期学業優先のため事務所の活動を休んでいたが、その間も事務所の少年たちの間で「錦織という、なんでもできるすごいやつがいるらしい」と伝説のように噂されていた。 |
| 同じグループのメンバーの東山紀之も「出合った時には、すでに完成されていた。 |
| 」と言わしめるほどであった。 |
| 公式携帯サイト「Johnny'eweb」よりなお、現在ジャニーズに所属するアーティストの中では一番活動期間が長い(ジャニーズ最年長の近藤真彦は1979年デビューで錦織より2年遅い)。 |
| 少年隊のデビュー曲「仮面舞踏会」の最初の衝撃音のようなイントロ音楽、「デカメロン伝説」の始まりのフレーズ(後にお笑い芸人のゆってぃに引用された)「ワカチコ、ウーワカチコ」(特に意味はなし。 |
| 語呂の響きでこの言葉には、錦織のアイディアで決まった。 |
| また、KinKiKidsもデビュー前に歌うなど、長年後輩に歌い継がれている「ヴィークルメドレー」の曲と曲のつなぎ部分の編曲、つなぎ方などは、錦織が口三味線でアイディアを出して作った。 |
| 小さい頃は学校の体育の先生と仲がよく、将来は体育の先生になりたいと思っていた。 |
| また美術が得意で、画家になりたいと思ったこともある。 |
| 小松川第二中学校に通っていたときに技術の授業で書いた設計図は見事につくられていたため、ごく最近まで同中学校の壁に模範として貼られてあった。 |
| 6歳年上の姉の影響により、小学校のときから自分の年齢よりかなり上の人が好む音楽を聴いていた。 |
| 小学校のとき放送部で、お昼の放送でKISSのデトロイト・ロック・シティを流したところ、先生から「小学生らしい曲をかけるように」と注意された。 |
| 初めて買ったシングルレコ-ドは、西城秀樹の「ちぎれた愛」。 |
| 「一清」という名前は父親により付けられた。 |
| 父親は、ずっと自分の名前の漢字「清」をとって「清一」と名づけようと思っていたが、あるとき、ふと「自分を超えるような息子になってほしいので、逆にして『一清』にしよう」、と思いつき「一清」と名付けたという。 |
| だがそれを考えついたのがトイレにいるときだったらしく、「それを聞いたときはぐれてやろうと思った」とラジオで錦織本人が語っている。 |
| 少女漫画に詳しく、「エースをねらえ!」「愛と誠」などを10代で読破。 |
| 「愛と誠」はとくに好きで、映画「愛と誠」3部作も全部見たという。 |
| 幼児のとき、住んでいた世田谷の東急世田谷線山下駅で、抱っこしていた父親が誤って手を離してしまったため、頭から線路に落ち大きな傷を負う。 |
| 映画、1970年代のテレビ番組、1970年代のアイドル、海外でやっているテレビ番組、ゲーム、ありとあらゆるダンス、など多々の分野について非常に詳しい。 |
| 好きな映画俳優は「ロバート・デ・ニーロ」、好きな映画は「ミーンストリート」「ゴッドファーザー」「摩天楼はバラ色に」などを挙げている。 |
| 小さい頃にテレビ、ラジオでやっていた内容などを詳細に記憶しており、当時活躍していたタレントについて詳細に語って、周囲を驚かせることが多々ある。 |
| 1998年10月より続いている「月刊ミュージカル」誌の対談連載「錦織一清のスペシャルシート」は、現在も続き、通算100回を超えた。 |
| ブルース・リーに憧れており、ブルース・リーが考えだした武術「ジークンドー」をやっている。 |
| また自費で、ブルース・リーの格好を真似したシルエットをバックプリントに使った「NISHIKIO-LEE」というTシャツも作成している。 |
| 舞台『蒲田行進曲』に出演した際、つかこうへいに「銀ちゃんをやらせたらお前が一番だ」と言われた。 |
| また2007年5月のNHK「スタジオパークからこんにちは」出演時にも、電話でつかこうへいより「つかこうへいという演出家の二代目を継がせるとしたら、錦織だ。 |
| 演出をやらせたい。 |
| 声がつやっぽく、なにをやらせてもできる子。 |
| 動きがはやく、全体を見る目をもっている」と言われた。 |
| "ダンスの神様"と呼ばれるヒップホップ界の重鎮ダンサー・坂見誠二が、錦織の事を"一番弟子"と認めたというエピソードもある。 |
| 1995年夏の『少年隊PLAYZONEKING&JOKER』に引き続き、2009年夏に青山劇場、梅田芸術劇場メインホ-ルで行われた、内博貴、屋良朝幸、北山宏光、藤ヶ谷太輔、玉森裕太ら、ジャニ-ズ事務所後輩による『PLAYZONE 太陽からの手紙』で、二回目の演出を手がけた。 |
| 2008年冬の少年隊ファンクラブ会報にて、少年隊メンバ-の植草克秀より、「ニシキが来年以降演出をすることで、少年隊PLAYZONEのDNAが後輩に受け継がれることが非常に嬉しい」との賛辞を得ている。 |
| また、2009年12月~2010年1月 シアタ-クリエで行われる、ミュ-ジカル「シ-ラブズミ-」(製作:東宝)で、演出を行う。 |
| (主演:薮宏太 共演:植草克秀、神田沙也加、知念里奈、交互出演:戸塚祥太/河合郁人 五関晃一/塚田僚一)。 |