| 筆は非常に早く、他のライターよりも締切りまでにプロデューサーの元にシナリオを届けることが出来たという。 |
| そんな長坂に対し、プロデューサーの鈴木武幸(現・東映専務取締役)は「長坂さんはパンクチュアルな人だ」との賛辞を送ったという。 |
| 脚本家の曽田博久によると『キカイダー01』のシナリオ打ち合わせの際、長坂がプロデューサーに「俺は1日に30分ものが3本書けるくらいが良いペースだ」と言い放っていたという。 |
| 凄い人がいると思い、曽田は圧倒されたとのことである。 |
| 109本を執筆した『特捜最前線』の執筆スピードの最短記録は「爆破60分前の女」の3日間で、また『ジュニア・愛の関係』はスケジュールの都合上、毎回1本を仕上げるのに3日程度の時間しか費やさなかったとのこと。 |
| 逆に『特捜』の執筆最長記録は「フォーク連続殺人の謎!」「掌紋300202!」の40日間である。 |
| メインライターを務めた『キカイダー01』にハカイダー部隊が登場することになったのは『キカイダー』の撮影現場にハカイダーの予備スーツがあるのを見た長坂が「もったいないから予備も使おう」とアイデアを出したことによる(双葉社『キカイダー大全』のインタビューで長坂本人が証言)。 |
| 『ウルトラマンA』29話「ウルトラ6番目の弟」で梅津ダンが登場する脚本を書いたのは当時長坂に同名の長男が誕生し「息子に捧げる意味で書いた」と後のインタビューで明かしている。 |
| まだ脚本だけでは食べていけなかった時代にはワイドショー『金原二郎ショー』の構成に参加していたこともある。 |
| 『快傑ズバット』では全32話中30話を執筆しているが、2話分(第7話と第12話)を他の脚本家に任せたのは「1年続くと思っていたので、一人では全部書けないと思ったから」とのこと。 |
| しかし、作風の違いが目立ったため、残りは自分で書くことになった。 |
| 結局32話で終了したため「そうなると最初から分かっていれば全部自分で書いた」とも語っている。 |
| 1980年代はキャラクター作品とは距離を置き大人向けドラマを主に執筆していたが、偶然テレビで『仮面ライダーBLACK』を見て、久しぶりにキャラクター作品執筆の意欲に駆られたという(長坂はライダーの黒の佇まいに惚れ込んだとのこと)。 |
| そこで旧知の東映・齋藤頼照プロデューサーを通して作品の参加を志願したものの、吉川進プロデューサーの返答は「ギャラが高すぎるから無理」。 |
| 結局参加は断られたという。 |
| そしてその後映画『人造人間ハカイダー』が制作されるとき、吉川は長坂に脚本執筆依頼をすべく連絡したが、長坂は多忙を理由に断ったという(結局脚本は井上敏樹が執筆した)。 |
| 後にその際の事情をすっかり忘れた長坂が「石ノ森章太郎を送る会」にて吉川と会うなり「あの映画、どうして俺にホンを頼まなかったんだ?」と詰ったが、「何言ってるの。 |
| あのときあんたが断ったんじゃない」と返されたという(出典:『オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー』とライダー40年の歩み長坂インタビュー)。 |
| 『特捜最前線』の頃からの付き合いで長坂の長年の悪友でもあるテレビ朝日プロデューサー・五十嵐文郎は江戸川乱歩賞受賞作『浅草エノケン一座の嵐』のタイトルの原案者でもある。 |
| 今や編成制作局次長の要職に就いた五十嵐だが長坂との仕事の付き合いは現在も続いており、2006年の『信長の棺』、2009年に2夜連続放映の開局50周年記念ドラマ『刑事一代平塚八兵衛の昭和事件史』、2010年の『警視庁取調官落としの金七事件簿』『警視庁継続捜査班』でもコンビを組んでいる。 |
| もともとが監督志望であったため「今まで自分のシナリオがイメージどおり(の映像)に作品が仕上がったことはない」と演出家には手厳しい態度をとっており、自著『長坂秀佳術』にて暗に映画『こんにちはハーネス』の後藤俊夫、『特捜』の宮越澄、青木弘司、辻理の演出を批判するなどシビアな一面もある。 |
| 一方同じ『特捜』の天野利彦や佐藤肇には別格に尊敬の念を持っていたようで、特に天野演出については「感動的」と評したり、「天野カントクは情緒的な演出が本当に上手かったからね。 |
| また俺からわざわざ言わなくても通じ合う部分もあるんだ。 |
| 俺とはゴールデンコンビと呼ばれていたからね。 |
| できれば『特捜』のラスト3本も天野カントクに撮って欲しかったんだけどね」と『長坂秀佳術』にて語るほど、その信頼は絶大なものがあった。 |
| また『ジュニア・愛の関係』などで組んだ藤田明二の演出にも惚れ込んでいたようで「藤田の撮る男のカッコよさ、男っぽさはホントに凄かった。 |
| また何かで組んで仕事がしたいね」とかつてインタビューにて絶賛していた。 |
| 1993年の夏に関西ローカルの『テレビのツボ』という番組で構成作家の上田信彦が『特捜最前線』特集としてコーナーを展開していたとき、「『特捜』を支えた男」として長坂を取り上げ5分くらいに亘り延々とマニアックな解説を披露していた。 |
| 『ウルトラマンゼアス』の脚本は、「ウルトラマンで喜劇をやる」という発想に魅力を感じ、当時の助手たちに稼がせるつもりで引き受けた。 |
| しかし、長坂の予想に反して誰も乗り気でなく、まともに使える案が出てこなかったため、結局自分が鈴木清と二人で案を出し合って完成させたという。 |
| かつて1997年の雑誌『テレパル』インタビューにて「今後組んでみたい役者」という質問に役所広司、田村正和、上川隆也、木村拓哉、「今注目している制作者」という質問に周防正行、三谷幸喜と回答していた。 |
| 自身の作品には絶対の自信を持っており担当プロデューサーや監督としょっちゅう激論を交わすという。 |
| しかしその結果『華の嵐』はクランクイン直前、『引っ越せますか』は折り返し地点に到達した際に降板している。 |
| また必然か偶然かは分からないが降板後は作品の放送局である東海テレビ放送、日本テレビとは現在に至るまで全く仕事をしていない。 |
| しかし『華の嵐』制作プロダクションの泉放送制作とは2010年『警視庁継続捜査班』にて23年ぶりに仕事をする事になった。 |
| 長坂のエピソードについては彼自身が書き下ろした『長坂秀佳術』が詳しい。 |
| この著作には幼少の頃からの父との葛藤、『特捜最前線』の「長坂秀佳シリーズ」誕生の経緯、ゲーム『彼岸花』の大失敗、経済的苦境に立ち「腕では誰にも負けない。 |
| しかし仕事がないんだ!」と妻に向かって叫ぶシーンなど本人より興味深く(生々しく)語られているのである。 |