| 小学生の頃、神宮球場でのヤクルト-巨人戦を父・茂雄と一緒に見に行ったのだが、茂雄は連れてきた一茂を球場に置き去りにして帰ってしまう。 |
| 家に帰って妻に言われて気が付いたのだという。 |
| 茂雄は慌てて神宮球場に電話をしたところ、一茂は審判室に保護されていた。 |
| しかも球場に忘れられたのは1度ではないという。 |
| 父・茂雄の引退試合(1974年10月14日の巨人-中日ドラゴンズ戦)を、歯医者に行っていたため見届けることができなかった(「THE独占サンデー」や「さんまのSUPERからくりTV」で話されていたことがある)。 |
| 大学に入るまでカップラーメンを作ったことがなく、大学一年のとき先輩に作ってこいといわれたものの作り方がわからず、容器を壊してなべに入れて作った。 |
| 大学ではそのキャラクターゆえか、人望も厚く、キャプテンに選ばれた。 |
| チームメートや同級生からはいわゆる「いじられ役」で人気者でもあった。 |
| だって、野球ばっかりやってたから試験勉強やる時間ないもん、オレ」と堂々とTVで告白、「みなさん1度もカンニングやったことないんですか、って?」と問いかけてもいる。 |
| ヤクルト時代に志願して落合博満と自主トレを行なった際、長嶋家より差し入れとして銀座千疋屋のメロンが届く。 |
| 一茂がそのメロンを二つ割りにして種を取り、ブランデーを注いで一気に食べる姿を見た落合夫妻は、「子供はこのようにのびのびと育てなきゃいけない」と話し合ったと、落合夫人がインタビューで語っている。 |
| 父・茂雄が、巨人の第1次監督就任時には背番号90を付けていたが、「背番号90」を提案したのは一茂である。 |
| これは、「背番号3・3番打者・サード(三塁手)」で足して9であることと、また「ナイン(9)の輪(0)」と言うことに由来する。 |
| 1988年プロ初安打の本塁打は本人いわく「実はまぐれ当たりで、入団当初からスピードについていけず、どうしようかと思った」らしい。 |
| 1988年のシーズンオフに「プロ野球ニュース(?)」で「がんばれカズシゲ」というコーナーがあった。 |
| ある年のシーズンオフの「プロ野球珍プレー好プレー大賞」で、当時同じチームの池山隆寛との春キャンプでのやり取りが放送された。 |
| 別の年のシーズンオフの「プロ野球珍プレー好プレー大賞」では、古田敦也らと春キャンプで何段もある階段でランニングをするところが放送された。 |
| 1993年4月23日の阪神-巨人戦で仲田幸司投手からセ・リーグ通算3万号となる記念本塁打を放つ。 |
| 1994年5月18日の巨人-広島戦で当時のチームメイトである槙原寛己が完全試合を達成した際は三塁を守っており、真っ先に彼に抱きついた。 |
| キャスターを務めたアテネオリンピックを総括する特集番組では、ドーピング再検査問題の渦中にあったアヌシュについて語る際、「僕も現役時代にステロイドによるドーピングをしていた。 |
| 茂雄の病状は重症で、彼の容態を知りたいマスコミが長嶋邸を幾重にも取り囲んだ。 |
| 永久欠番、その旗を野球日本代表に託した。 |
| 2008年4月9日放送の『NEWSZERO』において、フランスのサルコジ大統領が北京オリンピックへの欠席をほのめかしていることに言及し、「政治とスポーツは分けて考えるべき」「国家元首が欠席すると(同国選手の)モチベーションが低下することは避けられない」と主張した。 |
| また、「抗議活動を行っている人は、実際に走っている聖火ランナーの気持ちや、オリンピック出場選手が4年に1度しかないチャンスに向けて努力してきたことなどを考えてほしい」と発言した。 |
| ドラマ「イエローカード」の劇中設定では、福田正夫(演:陣内孝則)が長島一茂の大ファンで息子に「一茂」という名前をつけたということになっている。 |
| 行列の出来る法律相談所にゲスト出演したときに、島田紳助から「9年間で18本だけど、解説者としてはよく語るね」と言われた長嶋本人は「局が野球解説で呼んでくれたのならば何ぼでも解説していいんだな」と解釈して番組に出演しているとのこと。 |
| 尚この話は長嶋が人生が変わる1分間の深イイ話にゲスト出演した際に、行列のスタッフが投稿して見事全員一致の深イイ話で行列スタッフが5万円を獲得した珍事でもあった。 |
| グルメチキンレース・ゴチになります!にゲスト出演した際には金銭感覚が麻痺して全メンバーから「どう考えても一茂が自腹」と言われ、更に最後の「領収書を渡す際に肩をトントンされる」のも殆ど支配人が一茂に付きまとうわ、フェイントも他の比べて短時間だった。 |
| 2010年4月9日放送の、テレビ朝日などで放映されたさんま&EXILEの「世界に一つだけの歌」の番組内で、「サッカー日本代表の試合、特にW杯の時は負けろ!って常に思ってました。 |
| だって勝ったら日本でのサッカー人気が更に上がるじゃないですか」「ドーハで日本代表がW杯行きを逃した時、野球関係者は心から喜んだ」「サッカー関係の人は嫌な顔するかもしれないけど野球のポジションが脅かされるから他のスポーツが出てくるのは許せない」と野球がサッカーに負けることを恐れている心境を吐露した。 |