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プロフィール
- 長谷川祥之とは
- 人物
- 選手時代の特徴
- 所属クラブ
- 指導歴
- 個人成績
- 試合数
長谷川祥之(はせがわよしゆき、1969年2月11日-)は、京都府宇治市出身の元サッカー選手。ポジションはFW。現在は鹿島アントラーズユースコーチを務めている。JFA公認B級コーチライセンス所持。
人物
| 黒崎比差支、奥野僚右、大野俊三、本田泰人やサントス、そしてジーコなどとJリーグ開幕当初の鹿島アントラーズの黄金期を築いた功労者の一人。 |
| リーグ戦では長谷川が点を入れた試合は34連勝で、「長谷川が決めればチームは負けない」という伝説も残している。 |
| その後も息の長い活躍を続け、マジーニョや柳沢敦、平瀬智行らと先発ポジションを争い続けた。 |
| 1999年頃から先発出場の機会は減ったが、その後もスーパーサブとして存在感を保ち、選手としてはもうピークを過ぎているであろう後も鹿島のサポーターの間では長い間人気を博していた。 |
| 2003年7月27日、1stステージホーム最終戦のセレッソ大阪戦で現役を引退。 |
| その後、鹿島の下部チームのコーチに就任。 |
選手時代の特徴
| 上背がそれほどあるわけではないが、ヘディングが得意で通称「全角度対応ヘッド」。 |
| 「空中に留まることができる」と言われた垂直飛び70cmオーバーのジャンプ力で数多くのゴールを生み出した。 |
| 足技はそれほど上手なほうではなく、よく「低い弾も頭で行ったほうが入る」などとの皮肉も言われた時期もあったが、ワンタッチでゴールを決めるポジショニングのよさは、ヘディングに限らず足でのゴールにおいても発揮され、鹿島アントラーズ歴代1位のゴール数を誇る。 |
| 体を投げ出す勇気あるプレーでゴールを狙うため、よく頭部を負傷し、包帯を巻いてプレーをしていた。 |
| 頭部を負傷している状態でも躊躇せずヘディングをし、ゴールを決めていた。 |
| このような姿勢が今でもファンに愛されている所以である。 |
| レオナルドやジョルジーニョが在籍していた時期には、彼らが繰り出すロングフィードの受け手であるポスト役は常に長谷川の役目であり、ターゲットマンとしても貴重な存在だった。 |
| 現役末期には慢性的な膝の故障を抱え往年のジャンプ力を失ったが、ファイト溢れるプレーと持ち前の決定力でスーパーサブの役目を果たし、2002年日韓ワールドカップに向けて改修されたカシマスタジアムのこけら落とし試合(2001年5月19日、柏レイソル戦)では、満員のサポーターの前で劇的な延長Vゴールを決めている。 |
所属クラブ
| 1984年-1986年宇治高等学校。 |
| 1987年-1990年大阪経済大学。 |
| 1991年-1992年本田技研。 |
| 1992年-2003年鹿島アントラーズ。 |
指導歴
| 2004年?-2006年 鹿島アントラーズジュニアユースコーチ。 |
| 2005年 ナショナルトレセンコーチ 北信越担当。 |
| 2006年 U-18/U-15GK・U-15ストライカーキャンプストライカーコーチ。 |
| 2007年-2010年鹿島アントラーズユースコーチ。 |
| 2011年-鹿島アントラーズアカデミートレセン。 |
個人成績
| コニカカップ7試合4得点。 |
| Jリーグチャンピオンシップ2試合0得点。 |
| サントリーカップ1試合0得点。 |
| XEROXSUPERCUP1試合0得点。 |
| Jリーグチャンピオンシップ2試合0得点。 |
| XEROXSUPERCUP1試合0得点。 |
| Jリーグチャンピオンシップ2試合1得点。 |
| XEROXSUPERCUP1試合0得点。 |
| Jリーグチャンピオンシップ1試合0得点。 |
| FUJIXEROXSUPERCUP1試合0得点。 |
| アジアクラブ選手権 13試合4得点。 |
| アジアカップウィナーズ選手権5試合5得点。 |
| A3・チャンピオンズカップ0試合0得点。 |
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1969年
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長谷川 祥之(はせがわ よしゆき)は、京都府... |
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2001年
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柏レイソル戦)では、満員のサポーターの前で... |
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