陳震(ちんしん、?-235年)は、後漢、三国時代の政治家。劉備、蜀(蜀漢)に仕えた。字は孝起。陳済の父。荊州南陽郡の人。劉備が荊州の牧となったとき、従事として招かれ、その家臣となり、諸郡の管理を掌った。劉備が益州を攻略する際には龐統らと共に益州に向かった。214年、劉備が益州を支配すると蜀郡の北部都尉(後に郡名が変更され汶山太守)となり、のちに犍為太守に転任した。蜀(蜀漢)を興した劉備が没し、
劉禅が即位すると、陳震は225年には中央に戻され尚書に任じられ、尚書令に昇進した。同年には呉に使者として派遣されているが、目的は史書に記されていない。この年には丞相