| 雷句は2005年半ばに『金色のガッシュ!!』の構想を全て消化。 |
| 週刊少年サンデー編集部にそれとなく連載終了を申し入れたが、アニメ放映の最中で、また映画2作目の公開も控えていたために、引き延ばしに遭うことになった。 |
| それまでにも歴代の担当編集者全員とうまく噛み合わず『サイゾー』2008年11月号でルポライターの大泉実成により検証がなされている。 |
| 、「雷句スタジオ」を有限会社化した時にも、担当編集者に雷句の税理士からの文書にて契約の変更を申し入れたが変更がなされずに1年以上経過、雷句が税務所に怒られ小学館の経理とトラブルになったこともある。 |
| なお、この時の追徴課税分は全額小学館に払わせている。 |
| このように、小学館との関係の泥沼化によるストレスを抱え込み、同年11月に度重なる編集のアイディアの押し付け |
| にストレスの限界を超え、仕事場にてアシスタントにミスした箇所をよく見ろと顔を近づけさせた所、勢いがあまり机に顔をぶつけて怪我を負わせる。 |
| 自らも右手を開放骨折し全治2ヶ月となり執筆不能状態に陥り、同年12月から翌2006年2月までの約3ヶ月間に及ぶ休載を余儀なくされた。 |
| この休載で、同誌連載作家である椎名高志のサイン会と、サイン会があった場合にもらえたはずの休みが潰れてしまう |
| この休載の間に、雷句は編集部と『金色のガッシュ!!』の、当時執筆していた「ファウード編」の終了後、約1年間での連載終了の確約を取り付け、2007年12月に『金色のガッシュ!!』の連載を終了。 |
| 雷句は2007年12月27日に原稿の一括返却を受けるが、数点欠けていたためにその後も数度返却要請を行う。 |
| 2008年2月29日に最終的に5枚のカラー原稿の紛失が確定、同日にポジフィルムの返還の合意を得る。 |
| 小学館は紛失原稿に対する賠償金として、雷句の原稿料1万7000円の3倍の4ページ分で23万4000円+1ページはカット扱いで1万円+補償金26万6000円の、計50万円を提示したが、雷句はこれを拒否した。 |
| また、『金色のガッシュ!!』の終了の確約の時に同時に申し入れていた「『金色のガッシュ!!』の終了以降、小学館との縁を切る」に関して、連載終了確約時にそれも認められていたと思っていた雷句を慰留したため、その時の小学館側の対応を含めて、問題がこじれることになった。 |
| 雷句は、同年4月19日に自らのブログで描き下ろしのカラーイラスト2点をチャリティーオークションに出品することを発表。 |
| 同年5月19日に企画終了、5月21日にブログ上でファンの質問に答える形で「小学館との決別」を発表 |
| -またまた、皆さんの質問など。 |
| チャリティーオークションでの落札価格の平均価格25万9000円にプレミア品としての価値や、このオークションがファンに余り知られていない事などを加味し、原稿1枚に30万円の美術的価値がある訴状第3被告の債務不履行(原画の紛失)による損害(原画の美術的価値)とし、同年6月6日に小学館に対し、原稿5枚で150万円+慰謝料150万円+弁護士費用30万円の、計330万円の損害賠償とポジフィルムの返還を求めて東京地裁に提訴した。 |
| 同日にブログで訴状と陳述書を公開 |
| -(株)小学館を提訴。 |
| ]-編集者への非難などの部分は和解成立後に削除された。 |
| 証拠物件としてウィキペディアの記述が2点使われている証拠として認められればウィキペディアの記事の法的有効性が確認される初のケースとなるはずだった。 |
| 自身の精神的苦痛を訴えると同時に、歴代担当編集者を実名で批判した他、雷句の元アシスタントの漫画家酒井ようへいから聞いた、酒井の作品『東遊記』が編集主導の末の打ち切りにされたことに対しても編集者を実名で非難。 |
| 「雷句誠のアシスタントが酷い目に遭っていたから自分がこう言う事例を後に作っては行けないと考えての掲載」と公にする |
| -反響など…]、「」は引用、原文ママ」など、「成功した漫画家」の責任訴状第6本訴の意義(2)として、新人漫画家も含め「漫画家の地位向上」を訴えた。 |
| この陳述書に多くの漫画家が反応、Webサイトやブログで過去の編集とのトラブルや原稿紛失話を披露 |
| 雷句と弁護士は「謝罪」「賠償金」「共同提言」などを求める和解戦術を取り、同年11月11日に小学館の謝罪と和解金255万円(内訳非公開)で和解成立、共同提言については実現しなかった。 |
| 雷句は和解後の記者クラブの会見で、美術的価値が認められたと思うと発言 |
| それに対し、雷句の担当弁護士は「勝訴的和解」と勝利宣言を行なった |