| モデル志望で事務所の面接を受けたが、他の志望者の顔があまりにかっこよく、これではモデル業は無理だと確信し、その場で役者志望に変更したという。 |
| 当初は役者という仕事にそれほどの熱意を持っているわけではなかった。 |
| 2002年に映画『マッスルヒート』でデビュー。 |
| 丸山智己、尚玄、相葉健次らとともに劇団REBOUNDGLAMOURに所属し舞台公演も行っていたが2007年に解散。 |
| 映画を中心に活動していたが、NHK朝の連続テレビ小説『ちりとてちん』に出演、ヒロインの兄弟子で結婚相手となる落語家・徒然亭草々役を演じ、お茶の間に幅広く名前を知られることになった。 |
| 『ちりとてちん』で夫婦役を演じた貫地谷しほりとは他の作品でも共演することが多い。 |
| 『ちりとてちん』が南米の日系人社会でも視聴されていることや日系移民100年の苦難の歴史を友人から聞き、とにかく行かねばと単身自費で南米に渡り、約1ヶ月間各地を旅して、ペルー、パラグアイ、ブラジルの数カ所で落語を披露し、現地の日系人と交流した。 |
| 沖縄の離島を舞台にしたドラマ『本日も晴れ。 |
| 異状なし』では、純朴なサトウキビ農家の青年役を、流暢な沖縄弁で演じた。 |
| 共演者の坂口憲二によると、もともと全員標準語でとの申し合わせだったが、ここはどうしても沖縄弁でやりたいと、現地の知人に台詞を読んでもらいマスターした熱意が実り、1人だけ沖縄弁OKとなった。 |
| また青木には放浪癖があり、出番がなくても撮影に同行して離島へ渡り、住民と交流したり島を散策していたとのこと。 |
| 坂口憲二公式ウェブサイトダイアリー2011.5.28。 |
| 映画『おっぱいバレー』では教師役を演じたが、男子バレーボール部員役の中学生たちと打ち解けるために、撮影合宿で北九州名物のラーメンをたらふく食べさせて手懐け、以来「青木さん、青木さん」と慕われるようになったとのこと。 |
| 2010年の大河ドラマ『龍馬伝』では後藤象二郎を演じた。 |
| 第40回「清風亭の対決」に向け、土佐藩参政としての貫禄を付けるため体重を10kgも増量。 |
| 最終的には15kgくらい太ったという。 |
| 龍馬伝で共演した川岡大次郎(高松太郎役)とは出身地・誕生日が一緒である。 |
| 青木崇高は川岡より2才下。 |
| 出身地も青木崇高は八尾市・川岡が大阪市東住吉区とJR大和路線では数駅ほどの距離。 |
| 『龍馬伝』の殺陣の練習の際、役作りのために、対立する土佐勤王党役の俳優たちと距離を置いていたことから、実際に険悪な雰囲気で喧嘩になりかけたことがある。 |
| その後、飲み会の席で勤王党メンバーは「実はあの時わざとそうしていたんです、すいませんでした」と謝られたという。 |
| 「復活!土佐勤王トーク-半平太が語る龍馬伝-」2010年12月25日放送。 |
| 『龍馬伝』総集編でナビゲーターを務め、ドラマゆかりの史跡を巡ったが、後藤象二郎役で自らが切腹を言い渡した武市半平太が祀られている瑞山神社を訪れた際、墓石の前で絶句し男泣きした。 |
| 『龍馬伝』総集編第2部、2010年12月29日放送。 |
| 『龍馬伝』の撮影終了後、約1ヶ月余で急激な減量をして映画『一命』の撮影に臨んだ。 |
| 2011年1月から同年6月の間、米国ニューヨークに語学留学した。 |
| この間東日本大震災が発生した際、大きな布に留学先の学友や教師その他数百人の寄せ書きを集め、福山雅治の復興支援チャリティラジオ番組に送っている。 |
| 2011年5月、カンヌ国際映画祭に出演作の『一命』が出品・上映された際、留学先のニューヨークから駆けつけて、三池崇史監督や瑛太ら日本からの一行に合流した。 |
| 招待者でないため旅費は自腹で、途中で野宿もしたらしい。 |
| 「青木崇高、自費でカンヌ「次回は一緒に」」2011.5.21サンスポ.com、「青木崇高「自腹」で米からカンヌ入り -『一命』のカンヌ公式上映-」2011.5.21ニッカンスポーツ。 |
| 特技は絵画で、絵手紙のようなブログで独自の感性を発揮している。 |