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プロフィール
- 韓非子とは
- 韓非の思想
- 思想の背景
- 目次
- 二柄(第七編)
- 八姦の方法(八術)
- 八姦の対策
- 孤憤(第十一編)
- 備内(第十七編)
- 文庫版の訳注書
- 伝記紹介
- 関連サイト
韓非子』(かんぴし)は中国戦国時代の法家である 韓非の著書。内容は春秋・戦国時代の思想・社会の集大成と分析とも言えるものである。後世では、 諸葛亮が幼帝 劉禅の教材として韓非子を献上している。
韓非の思想
| 韓非は百家争鳴と呼ばれる中国思想史の全盛期に生まれた政治家である。 |
| 書中では分かり易い説話から教訓を引き、徹底的に権力の扱い方とその保持について説いている。 |
| 韓非は性悪説を説く儒家の荀子に学んだといわれ、非違の行いを礼による徳化で矯正するとした。 |
| 荀子の考えに対し、法によって抑えるべきだと主張した。 |
思想の背景
| 韓非の生まれた戦国末期は、戦国七雄と呼ばれる七ヶ国に中国は集約され、春秋五覇の時代を経て。 |
| 徐々に統一の機運と超大国出現の兆しが生まれ始めた時期であった。 |
| 統一への動きとは無論、諸国の存亡を賭けた戦いの連続であり、国家同士の総力戦でもあった。 |
| そして過酷な生存競争は、人材登用の活発化にも繋がっていった。 |
| それまで君主の血統に連なる公子や貴族などによって運営されていた国政も、階級が下の士大夫や素性の知れない遊説の徒などに、君主の権限が委譲されることも珍しいことでは無くなっていた。 |
| 君主に権力を集中し、それをスムーズに適材に委ねる必要があったのである。 |
| しかし、結果として、当時の王権は特定の士大夫や王族に壟断されることが多く、斉(山東省)や晋(山西省)などのように国そのものを奪われてしまう例も起こっていた。 |
| そこで韓非は分断され乱脈化した君主の権力を法によって一元化し、体系化することにより強国になるべきだと考えたのである。 |
| これら韓非子の思想は、皮肉なことに韓非子の出身国である韓ではなく、敵対する秦の始皇帝によって高く評価された。 |
| これは秦の孝公の時代に商鞅が法家思想による君主独裁権の確立を済ませていた事が大きく作用している。 |
目次
| 全五十五篇、十余万言からなる。 |
| そのうち、始皇帝を感激させた書物は「孤憤篇」「五蠹篇」の二篇である。 |
| また、「初見秦篇」については合従連衡・韓を扱った記述についての見解から韓非のものではないとする説もあり、論争となっている。 |
| 「初見秦篇」(しょけんしん)。 |
| 「存韓篇」(そんかん)。 |
| 「難言篇」(なんげん)。 |
| 「愛臣篇」(あいしん)。 |
| 「主道篇」(しゅどう)。 |
| 「有度篇」(ゆうど)。 |
| 「二柄篇」(にへい)。 |
| 「揚権篇」(ようけん)。 |
| 「八姦篇」(はちかん)。 |
| 「十過篇」(じっか)。 |
| 「孤憤篇」(こふん)。 |
| 「説難篇」(ぜいなん)。 |
| 「和氏篇」(かし)。 |
| 「姦劫弑臣篇」(かんきょうしいしん)。 |
| 「亡徴篇」(ぼうちょう)。 |
| 「三守篇」(さんしゅ)。 |
| 「備内篇」(びない)。 |
| 「南面篇」(なんめん)。 |
| 「飾邪篇」(しょくじゃ)。 |
| 「解老篇」(かいろう)。 |
| 「喩老篇」(ゆろう)。 |
| 「説林篇 上」(ぜいりん)。 |
| 「説林篇 下」。 |
| 「観行篇」(かんこう)。 |
| 「安危篇」(あんき)。 |
| 「守道篇」(しゅどう)。 |
| 「用人篇」(ようじん)。 |
| 「功名篇」(こうめい)。 |
| 「大体篇」(だいたい)。 |
| 「内儲説篇 上 七術」(ないちょぜい しちじゅつ)。 |
| 「内儲説篇 下 六微」(りくび)。 |
| 「外儲説篇 左上」(がいちょぜい)。 |
| 「外儲説篇 左下」。 |
| 「外儲説篇 右上」。 |
| 「外儲説篇 右下」。 |
| 「難一篇」(なんいつ)。 |
| 「難二篇」(なんじ)。 |
| 「難三篇」(なんさん)。 |
| 「難四篇」(なんし)。 |
| 「難勢篇」(なんせい)。 |
| 「問弁篇」(もんべん)。 |
| 「問田篇」(もんでん)。 |
| 「定法篇」(ていほう)。 |
| 「説疑篇」(せつぎ)。 |
| 「詭使篇」(きし)。 |
| 「六反篇」(りくはん)。 |
| 「八説篇」(はっせつ)。 |
| 「八経篇」(はっけい)。 |
| 「五蠹篇」(ごと)。 |
| 「顕学篇」(けんがく)。 |
| 「忠孝篇」(ちゅうこう)。 |
| 「人主篇」(じんしゅ)。 |
| 「飭令篇」(ちょくれい)。 |
| 「心度篇」(しんど)。 |
二柄(第七編)
| 君主が人を従わせる力の源は、刑(=刑罰)と徳(=恩賞)にある。 |
| 君主は臣下に刑と徳を使わせてはならず、必ず自分が握るようにせねばならない。 |
| 臣下に不正をさせないためには、刑名を審合する(言ったこととしたことを比べあわせる)のがよい。 |
| 臣下のこれこれができますと言ったことに合わせて、職務を行わせる。 |
| 臣下の発言に比べて結果が劣る場合は言ったこととしたことが食い違っているので、必ず処罰する。 |
| また臣下の発言に比べて結果が優るときも、同様に言ったこととしたことが食いちがっているので処罰する。 |
| そこで君主は自分の好悪を臣下に知られないようにしなければならない。 |
| 君主の思っていることが分からなければ、臣下に取り入る隙を与えずにすむ。 |
八姦の方法(八術)
| ;在旁:芸人、近侍など君主のそばに仕える者に阿諛迎合させ君主の判断力を失わせる。 |
| ;威強:家臣がヤクザや軍人を手なずけてそれを後ろ盾に権勢を振るう。 |
| ;四方:外国と通じて圧力をかける、またはクーデターを起こす。 |
八姦の対策
| 議論では、是と非の両者の言い分を聞き、功罪を判断するようにして口裏を合わせて語らせないようにする。 |
| 威圧に関しては、軍人には功績に見合った褒賞を与え、街でヤクザがはびこらないように処罰し、臣下がこのような者を養わないようにさせる。 |
孤憤(第十一編)
| 法の力によって君主の元で正しい政治を実現しようとする者(法術の士)と、君主に気に入られ、多くの人を従えて、私利を図り王朝を害している臣下(当途の人)とは相容れない敵どうしである。 |
| しかし当途の人は、君主に気に入られており、君主と顔なじみであり、耳に気分のよいことだけを言い、身分が高く、子分を多く従えている。 |
| そのような相手に対して、君主のおぼえがなく、新参者で、耳の痛いことを口にし、身分が低く、味方のいない法術の士が勝てる見こみは、全く薄いのである。 |
| 当途の人は何か罪をでっちあげられるのならば、刑罰を利用して表から殺そうとし、それができなければ刺客を放って裏から殺そうとする。 |
| このような状況にあって、当途の人とそれにつきしたがって利益を得ようとする下の者たちが好き勝手にふるまい、有能な者や潔白な者が彼らにはばまれ、政治が腐って王朝をほろぼすのである。 |
備内(第十七編)
| 臣下が君主のいうことを聞くのは権力によってやむを得ず従っているというだけのことであり、臣下は常に君主にあだをなそうと狙っている。 |
文庫版の訳注書
| 金谷治訳注 『韓非子』 岩波文庫全4巻、1994年。 |
| 町田三郎訳注 『韓非子』 中公文庫上下巻、1992年。 |
| 本田済訳注『韓非子』 ちくま学芸文庫上下巻、1996年(元版は、〈筑摩叢書〉筑摩書房、初版1969年、各品切)。 |
伝記紹介
| 西川靖二『韓非子 中国の古典』 角川ソフィア文庫、2005年-入門書:抄訳版。 |
| 安能務 『韓非子』 上下巻 文藝春秋 1997年、文春文庫、2000年。 |
| 貝塚茂樹 『韓非』 講談社学術文庫、2003年。 |
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