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高橋忠彦・高橋久子『日本の古辞書』
大修館書店、2006年1月刊
日ごろ漢字・漢文や日本語の辞書成立に関心のある者の一人として、本書はたいへん有益であるし、なによりも一読者として面白く読むことができた。面白いということは、学術系の教養書にとっても、必須の要素であると思う。
日本の古辞書を十二点とりあげ、解説を施した書であるが、副題に「序文・跋文を読む」とある通り、まず序跋の原文(漢文)を掲げ、読み下し、語釈、口語訳を付し、それをもって各辞書の解題とした本は、これまでに類がない。辞書の序跋などは、通り一遍にしか読まない人が多いと思うが、丹念に読めばいろいろな発見があるものだ。第一、直接作者のことばによって編纂の意図や経緯を知ることは重要だし、辞書の個性といおうか、性格も自ずからはっきりするであろう。その辞書に ... もっと見る
高橋忠彦・高橋久子『日本の古辞書』
大修館書店、2006年1月刊
日ごろ漢字・漢文や日本語の辞書成立に関心のある者の一人として、本書はたいへん有益であるし、なによりも一読者として面白く読むことができた。面白いということは、学術系の教養書にとっても、必須の要素であると思う。
日本の古辞書を十二点とりあげ、解説を施した書であるが、副題に「序文・跋文を読む」とある通り、まず序跋の原文(漢文)を掲げ、読み下し、語釈、口語訳を付し、それをもって各辞書の解題とした本は、これまでに類がない。辞書の序跋などは、通り一遍にしか読まない人が多いと思うが、丹念に読めばいろいろな発見があるものだ。第一、直接作者のことばによって編纂の意図や経緯を知ることは重要だし、辞書の個性といおうか、性格も自ずからはっきりするであろう。その辞書に対する親しみもわいてくる。
『新撰字鏡』には、編者である僧昌住の序として「今拙僧は、貧しい家に生まれたため、良い師に逢うこともできず、教えを受けることもなかった。そこで文章は胸の奥に閉ざされ、文字は心の中に沈んでいた。紙に向かって文をしたためようとすれば、盆を頭に載せたまま天を望むような案配であった」(今の如くは愚僧蓬艾の門に生れ、明師に遇い難く、荊棘の蘆に長じ、教誨を識らず。是に於いて書疏胸臆に閉ざされ、文字心神に闇し。況や筆を取りて字を思えば、蒙前として雲霧の中に居るが如く、紙に向いて文を認むれば、芒然として盆を冒りて天を伺うが如し)」とあり、学問に制約の多い環境に生まれたことを託っている。誇張や文飾があるかもしれないが、大著の編纂へと昌住を駆り立てたものが、このような不遇ゆえの屈折した心情であることを窺うことは可能であろう。
本書のもう一つの特色は『倭名類聚抄』のように漢文や国文の初学者間でもよく広く知られている辞書のほかに、『口遊』や『童蒙頌韻』のような初学者向け教養書や、『聚分韻略』『撮攘集』のようなハンドブック、語学書まで含まれ、それによって古辞書の知識が豊かになり、見通しがきくよう配慮されていることだろう。『瑣玉集』の内容は漢字の成り立ちを説明するために「天一大、日月明」「人建健、少力劣」のような六字句(三字+三字)を連ね、同時に博物知識や道徳を教えるという内容で、とくに序文は専門家以外にはちょっと敷居が高い難解なものだが、懇切丁寧な注釈が施されているおかげで、独特の漢字教育書の真面目を伝えてくれる。一三八九年の成立だから南北朝時代に属しようが、いまでいえばクイズ的な興味もあり、初学者のためにこのような工夫を行った往時の人々の熱意が偲ばれる。
著者のいうように、本書によって日本漢文の特色が自ずから理解できるのも収穫だが、辞書の発達史に関心のある向きには、部首順からいろは順、五十音順へと展開する検索手段の進化が明瞭に把握できる点でも、たいへん有益な内容であることを付記しておきたい。
(大修館書店「漢文教室」2006年5月号寄稿)戻る
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