| 1999年10月結成(尚、「M-1グランプリ2001」ではコンビ結成年を1997年10月と紹介、他に1997年12月や1999年12月等諸説ある)コンビ結成年度には諸説あるものの、M-1グランプリ2008のスタッフブログによると、2008年のM-1では「麒麟は、来年がラストイヤーであるが、今年最後の年という心意気で挑んでいる」と記載。 |
| そのため、1998年-1999年結成という形になる。 |
| 2009年のM-1では予選に出場せず敗者復活戦の特番でリポーターを務めており、正確には2008年がラストイヤーだったとも言える。 |
| コンビ名の由来は、2人とも面長でどことなくキリンっぽい風貌を持つことと、結成時に自分たちの知っている一番難しい漢字であったからである。 |
| 田村曰く「コンビ名はカタカナが多いため漢字で目立とうとした」と言われるが、本人が考えたコンビ名は「月と砂」「銀色の鈴」という簡単な漢字ばかりの名前だったらしい。 |
| そこで知っている中で一番難しい漢字を組み合わせていき、最終候補となったのが「薔薇園」「侮辱」「醤油愛好家」「楽楽笑」「麒麟児」。 |
| その中から、将来が期待される少年という意味の言葉である麒麟児を選んだが、ミュージシャンのキリンジとカブってしまうため、「児」を取り「麒麟」となったとも話している。 |
| 田村が「麒麟」と書けなかったり、間違って「麟麟」と書いたこともある。 |
| 共に大阪NSC第20期生。 |
| 同期にアジアン、ソラシド、吉本新喜劇の西科仁らがいる。 |
| 互いの第一印象は、川島→田村「アホ」、田村→川島「気持ち悪い」とあまり良いものではなかったが、川島のネタの発想を気に入った田村が、悩んだあげく声を掛けたのがコンビ結成のきっかけ。 |
| 川島としては、明るくてどんどん前に出る人間が苦手だったため、当初田村の積極性がイヤだったが、断る勇気もなくズルズルとコンビを続けた。 |
| コンビ結成後のNSCのクラス分けでは、最低のCクラスに最後まで在籍。 |
| 最近は、「川島は自分が考え込む性格のため、自分と同じように考え込む性格だとコンビとして成立しないのではないか、と思い“何も考えないアホ”を探していた。 |
| ある日、川島がNSCで1人でネタをやっていると自分のネタで1人大笑いしている田村を見つけた。 |
| だが、本当にアホかどうかわからない、と慎重にいこうとしていた。 |
| その日にNSCの講師にネタを褒められ、川島が帰ろうとしていると、後ろから肩を叩いて『お前面白いなぁ、コンビ組んだってもええで』という声がした。 |
| 振り返ってみると田村がいた」というエピソードを話していることが多い。 |
| このときの田村の「上から目線」に川島は「(探していた)アホが現れた」と感じ、田村とコンビを結成することに決めたと話していたこともある。 |
| 舞台登場の挨拶時に必ず川島がマイクに口を近づけ低音ボイスで言う「麒麟です」が掴みの基本ギャグだが、最近はそのバリエーションが増えている(下記「ネタ」参照)。 |
| 安定感のある漫才が特徴。 |
| また、短めの漫才をパターンを変えて繰り返す2部構成、3部構成の漫才もある(「漫才に小説の要素」「コンビの仲」など)。 |
| 川島がボイスを田村がジェスチャーを担うことや、川島が田村をいじり倒すようなボケを放ち、それに田村が抵抗のツッコミをするといった形が多い。 |
| また、漫才の終わりに田村が「もうええわ」と言った後、川島がもう一度ボケて、田村が突っ込んだ後にそのまま礼をする漫才もある。 |
| ネタの中で川島は、田村をかりんとうや10円玉など茶色いものに例えることが多い(下記「茶色いもの」参照)。 |
| また、田村の願いが「2本脚で立てたらいいな」や「早く人間になりたい」であると言ったり、服を着ていて「珍しい」など、人間ではないような言い方をする。 |
| さらには、後頭部がえのきに似ているとして「妖怪えのき小僧」、「妖怪小豆小僧」と呼んだこともある。 |
| 結成当初はコント中心の活動であまり認められなかったが、漫才中心にしてから徐々に頭角を現し、2000年頃よりbaseよしもとの舞台に出演し始めた。 |
| 2008年7月11日ヨシモト∞水曜2部MC:POISON GIRL BAND(神保町花月舞台出演のため休演)のMC代行を行い、2008年2月1日付でサブ・レギュラー昇進。 |
| 隔週水曜日1部担当を行うことになった。 |
| 2010年6月、田村は1ヵ月休暇を取った。 |
| 川島によると肌の治療のため、温泉に行っていたらしい。 |
| 2010年6月2日配信よしもとオンラインより。 |