| 父黒田一博が監督を務めたボーイズリーグのチーム・オール住之江で活躍。 |
| 上宮高から東都の専修大学へ進学。 |
| 上宮高では控え投手だったが、大学にて力をつけエースに君臨。 |
| チームは4年生春から東都大学1部リーグに昇格する。 |
| 同年から大学野球でのスピードガン場内表示が始まった神宮球場において、大学生で初めて球速150km/hを計時し注目を浴びた。 |
| 1部リーグ通算6勝4敗。 |
| 5月31日にFA権を取得。 |
| 本人は「これを機に他球団の評価も聞いてみたい」と語った。 |
| 6月まで5勝6敗、防御率、WHIP1.11と安定した投球を続け、オールスターゲーム出場直前の7月2日の対中日ドラゴンズ戦からは負け無しの8連勝を記録。 |
| 7月は4勝0敗、防御率0.84、WHIP0.78の活躍で月間MVPをチームメイトの栗原健太と共に受賞。 |
| 更に8月も続けて4勝0敗、防御率1.11、WHIP0.86の活躍で月間MVPを連続受賞。 |
| 球団史上初の2ヶ月連続月間MVP受賞となった。 |
| この時、「広島カープの歴史に名前を残せて嬉しい」と発言した。 |
| しかし、9月には右ひじを痛めて長期離脱。 |
| 10月16日の対中日戦で救援で復帰登板、プロ初セーブを記録した。 |
| この年、13勝6敗1セーブ、WHIP1.00、防御率1.85で最優秀防御率のタイトルを獲得。 |
| 1点台でのタイトル獲得はの斎藤雅樹以来の快挙となった。 |
| また、テンポの良い投球を評価されてスピードアップ賞を受賞。 |
| シーズン終盤、FA移籍の情報が各スポーツ紙を賑わせている真っ只中、長いカープの低迷と共にファンの熱も冷めてしまったと評されたファンが動き、完成させたのが広島市民球場外野席に突如現れた巨大横断幕である。 |
| それには多くのファンからのメッセージ、そして大きな文字で「我々は共に闘って来た今までもこれからも…未来へ輝くその日まで君が涙を流すなら君の涙になってやるCarpのエース黒田博樹」と記されていた。 |
| 更にシーズン最終登板試合には満員のファンが黒田の背番号15の赤いプラカードを掲げ球場を赤色に染め上げ、後に「あのファンの気持ちは大きかった」と述べた。 |
| この一連のエピソードは翌年7月に『誰がために〜黒田博樹物語〜』(漫画:吉原基貴、原案協力・取材:戸塚啓)として漫画化され、ヤングアニマル(白泉社)に掲載された。 |
| オフには監督のマーティ・ブラウンの奨めで渡米し右肘関節のクリーニング手術(数か月で投球可能となる軽い手術)を行った。 |
| FA権取得に伴い、10月15日に球団から「4年10億円+生涯保障、指導者手形」という条件を提示される。 |
| 年俸だけを単年ベースでみると、1年2億5000万円であり、2006年の年俸が2億円であることから、タイトル奪取などの活躍とFA宣言をもってしても5000万円のみの昇給で、以後3年は現状維持だが、カープで従来2億円超えを経験した選手は前田智徳と金本のみであり、破格の条件と言えた。 |
| そして11月6日に4年12億円基本年俸2億5000万円+単年最大5000万円の出来高込。 |
| 当初の条件に出来高を上乗せしているでFA権を行使せずに残留することを表明。 |
| 「今後も国内他球団の移籍はない」と明言し、国内なら「生涯広島」を宣言した。 |
| なおこの契約は、4年の契約期間内で自由にメジャーリーグ挑戦できるようになっていた。 |
| FA権を行使せずに残留を決めたこと、残留会見での「僕が他球団のユニフォームを着て、広島市民球場でカープのファン、カープの選手を相手にボールを投げるのが自分の中で想像がつかなかった」、「僕をここまでの投手に育ててくれたのはカープ。 |
| そのチームを相手に僕が目一杯ボールを投げる自信が正直なかった」という発言は各方面に主に好意的な反響を呼んだ。 |
| また、この年の選手会のベストエピソード賞に選ばれ、黒田の野球用具を担当するSSKは、社を挙げて黒田をキャンペーンすることを決定した。 |
| そして市民に感動を与えたことが評価され、広島市は「広島市民表彰」を黒田に授与すると発表した(球団4人目)。 |
| 10月18日にFA権を行使する事を明らかにした。 |
| MLB球団は以前から黒田に目を付けており、特にテキサス・レンジャーズのゼネラル・マネージャーのジョン・ダニエルズが興味を示した発言をしていた。 |
| ジョー・アーボンと代理人契約を結び、12月1日に球団本部長の鈴木清明へ退団を申し入れ、メジャーリーグのチームへ移籍する事を明らかにした。 |
| その一方で記者会見では「評価されるのもカープのおかげで、また日本に帰ってプレーするならこのチームしかない」とも語った。 |
| 12月15日、ロサンゼルス・ドジャースと3年3530万ドルで契約を結んだことをAP通信が明らかにした。 |
| これにより、カープ初の日本人メジャーリーガー誕生となった。 |
| 背番号は18だったが、会見場では08番を着けた。 |
| これはユニフォームが間に合わなかったためであり、同年にドジャースとマイナー契約したロバート・ブースが先に背番号08番を着けていた。 |
| ドジャースから提示された条件は4年契約だったが、契約年数短縮を申し出た。 |