| スウェーデンには古くからAbbaという名前の魚の缶詰メーカーがあり、名前をABBAにする際にこの会社から使用許可を得ている。 |
| 1977年にスウェーデン出身の映画監督ラッセ・ハルストレムが、同年のABBAのオーストラリア公演の記録映像と絡めたセミ・ドキュメンタリー映画”アバ・ザ・ムービー”(2005年11月に日本国内でもDVDが発売された)を手がけた。 |
| 1978年11月23日に日本のテレビ番組『ザ・ベストテン』のスポットライトのコーナーで、メンバーが『ダンシング・クイーン』を演奏したことがある『ザ・ベストテン』は日本のシングルを対象にしたランキング番組であった為、彼らはチャートの対象外であったが、日本国内でも爆発的な人気があった事から特別にゲスト出演を果たした。 |
| なお、『夜のヒットスタジオ』や『紅白歌のベストテン』には出演していない。 |
| ピンク・レディーが一時期、アグネッタ、フリーダと全く同じデザインの衣装を着ていた事がある。 |
| 1980年代に漫才ブームを興したB&Bが着用し、彼らのトレードマークだった「B&B」(アバのロゴと同じように左のBは逆向き)と書かれたロゴの入ったTシャツ・トレーナーはABBAのロゴを流用したもの『BIGtomorrow』324、2007年6月号、青春出版社、p82。 |
| 1980年代半ばのヒット曲『ワン・ナイト・イン・バンコク』の作者は、ABBA活動停止後のビョルン&ベニーである。 |
| 1982年8月17日にフィリップスで製造された。 |
| 故郷のスウェーデンでは、ABBAの曲を90'sDancePOPMusicとしてカバーしたA☆Teensというグループが1998年に結成され、デビュー曲の「MammaMia!」が世界中でヒットした。 |
| 実父がナチ党員のドイツ人であり、戦後ノルウェー政府による迫害を避けるため母子でスウェーデンに移住した。 |
| 2000年のシドニー・オリンピック閉幕式でオーストラリア出身の歌姫カイリー・ミノーグは自国の歌を歌う訳でも、また自分の持ち歌を歌う訳でもなく、なんとABBAの『ダンシング・クイーン』を披露した。 |
| ミュージカル「MAMMAMIA!」5周年記念として2004年に行われたロンドン公演に、アグネッタを除く3人が舞台上に登場し元気な姿を見せた。 |
| 2005年2月12日ストックホルム・シルクス劇場で開かれた「MammaMia!」の初日の観客の中に4人のメンバーの姿があった。 |
| 2007年1月7日その千秋楽のアフターパーティーがホテル・グランドで開かれたが、そこで関係者が歌を披露した。 |
| 2008年現在、1970年代後半のABBAのライブを再現するMusicTributeShow「ABBAGOLD」がヨーロッパを中心に全世界をツアーして大好評を博している。 |
| 2007年4月14日〜4月22日、2008年5月9日〜5月24日、及び2009年10月14日〜10月18日には来日公演も実現した。 |
| 映画版「マンマ・ミーア!」のワールドプレミアが2008年6月30日ロンドンで開かれ、7月4日故郷のストックホルムでのスウェーデンプレミアではスペシャルゲストとして4人のメンバーが集結した。 |
| 2009年2月21日に開催された2008年度(第29回)のゴールデン・ラズベリー賞(ラジー賞)の授賞式のオープニングでは、「マンマ・ミーア!」中に出てくる架空の女性三人組のコーラス・グループ、「ドナ&ザ・ダイナモス」のステージ衣装に似た衣装を着た女性三人組歌手(恐らくは、素人と推定される)が、「ダンシング・クイーン」の替え歌を歌い、雰囲気を盛り上げた(この作品自体は受賞せず{ノミネート自体されず}、ヒロインのソフィーの、3人の父親候補のうちの一人、サムを演じたピアース・ブロスナンが最低助演男優賞を受賞したのみ)。 |