| 車谷・阿部と谷口・加藤のコンビが合体する形で結成された。 |
| 初名はBATSUであり、アマチュアバンドコンテストの会場で改名してBAKUを名乗る。 |
| ロゴマークは胴体にハートマークが描かれたバクが用いられた。 |
| このロゴマークのバクはマレーバクと体色の配色が酷似しているが、マレーバクをモデルにしたのかどうかは不明である。 |
| 同年夏に原宿の歩行者天国(いわゆる「ホコ天」)に姿を現すと同時に人気を集め、同年12月にはインディーズからミニアルバム『ぼくたちだけの天国』をリリースする。 |
| ところがメジャーデビューが決定した矢先の1990年の年明け直後、ベースの阿部が交通事故で急死。 |
| 雑誌の取材を受けて帰った後の出来事だった。 |
| このためバンドは一時活動停止に追い込まれるが、高校卒業後の同年6月にポリスターからミニアルバム『不思議なマジック』をリリース。 |
| 歌詞カード裏面には阿部への感謝と弔いの言葉が記載された(ちなみにこのアルバムのレコーディングは阿部の存命中に行われている)。 |
| またその後、追悼曲「天までとどけ」、復活の意をこめた楽曲「復活のうた」などが作成され、ポリスターよりのセカンドアルバム『ふたつめのはじまり』に収録された。 |
| メジャーデビューすると同時にライブ活動を再開。 |
| 翌1991年2月にリリースしたシングル「ぞうきん」がヒットし、一躍人気バンドの仲間入りを果たす。 |
| この曲はドラマ仕立てのミュージックビデオも製作された。 |
| このほか、シングル「ピーターパン」でミュージックステーションへの出演も果たしている。 |
| なお、ベースは元A-JARIの太田守がサポートメンバーとして参加した。 |
| 「新メンバーを入れるぐらいなら解散する」とのメンバーの意向で、最後までベースは彼が務めた。 |
| 同年には『聞こえる〜PowerofDreams〜』『DAYAFTER』と立て続けに2枚のアルバムをリリースするなど活発な活動を見せたが、軽いノリで女の子ウケするビートポップバンドを続けていくことにメンバーが不満を感じ始め、事務所やレコード会社との軋轢もあり解散が決定する。 |
| 『DAYAFTER』の発表時の音楽雑誌にはそれをにおわせる記述がある。 |
| 解散発表ライブ(予定外に発表してしまった)で車谷が「キレた!」のは有名な話。 |
| また、谷口は後談で「俺もやりたい音楽がみつかって、それが他のメンバーやスタッフと違っていた」と話している。 |
| この発言を反映するように、解散後の彼らはそのキャラクターを大きく変貌させていた。 |
| 若いバンドが激しく成長している時期にスターになってしまった故の出来事かもしれない。 |
| 1992年夏に「バクは夢を食べ続けなければならない」とのメッセージを残し解散した。 |
| 解散に際してはラジオで特番も組まれファンからメッセージが寄せられた。 |
| 最後のアルバム『DAYAFTER』では、ひたすら軽快だった当初と全く音楽性が変わって、政治的なメッセージを含んだとも取れる歌詞の楽曲や破滅・死をも題材にした重い楽曲もあった。 |
| ジャケットで着用した衣装も初期とはまるで異なるものであった。 |
| 唯一のインスト曲も、同アルバムには収録されている。 |
| 解散決定後、ベストアルバムも出ている。 |