| 1911年1月24日、インディアナポリスに生まれる。 |
| 子供のころは身体が弱く、いつも読書ばかりしていた。 |
| 世界恐慌をきっかけとして大学を中退し、インディアナポリスのFletcherTrustCompanyに就職。 |
| 1930年代にパルプ・マガジンに短編を発表するようになり、ウィアード・テールズ誌の2つの重要なシリーズもこの時期から始まっている。 |
| 当初、名前を「C・L」と略すことで性別は隠された。 |
| 1つは犯罪者で冒険家の主人公ノースウェスト・スミスを主人公とする太陽系を舞台にしたシリーズで、もう1つはファンタジー系のジョイリーのジレルを主人公とした《処女戦士ジレル》シリーズである。 |
| 後者は「剣と魔法」もののファンタジーとしては最初期の女性主人公の物語だった。 |
| 《ノースウェスト・スミス》シリーズで最も有名な作品は「シャンブロウ」で、最初に売れた短編でもある。 |
| ウィアード・テールズ誌1933年11月号に掲載され、彼女はそれで百ドルを手に入れた。 |
| 幻想的・耽美的な作風を持った「シャンブロウ」は、活劇主体であった当時のSF中では異彩を放っていた。 |
| 計12編の続編、すなわち《ノースウェスト・スミス》シリーズはムーアの代表作であるとともにスペース・オペラのマスターピースの一つに数えられている。 |
| 《処女戦士ジレル》シリーズで最も有名な作品は「暗黒神のくちづけ」で、ウィアード・テールズ誌1934年10月号の表紙イラストになっている(イラストレーターはMargaretBrundage)。 |
| 初期作品は、当時としては珍しい感覚的・感情的な描写が特徴だった。 |
| 1940年代にはアスタウンディング誌にも作品を発表した。 |
| アスタウンディング誌に掲載したいくつかの短編を集めた短編集''JudgmentNight''が1952年に出版された。 |
| なおこの短編集の表題作は、日本ではムーア唯一の長編として『銀河の女戦士』と題して出版されている。 |
| アスタウンディング誌1943年の8月号と9月号に連載された長編で、未来の銀河帝国を舞台とした冒険もの。 |
| "TheCode"(1945年7月号)は、ファウストを現代風に解釈しラヴクラフト的な恐怖で味付けした短編。 |
| "PromisedLand"(1950年2月号)と"HeirApparent"(1950年7月号)は、人類が太陽系に広がっていく際に経験しなければならない試練を描いた短編。 |
| "ParadiseStreet"(1950年9月号)は、孤独なハンターと入植者の衝突という西部劇的な物語を未来に置き換えた短編。 |
| 1936年、SF作家のヘンリー・カットナーはムーアを男と勘違いしたままファンレターを書き、それがきっかけとなって2人は1940年に結婚した。 |
| 以降はルイス・パジェット(LewisPadgett)を初めとする多数の(浅倉久志によると19もの)ペンネームの下に、作風、投稿する雑誌を変えて大量の合作を行なった。 |
| この活動は、やもすれば「有望な新人作家が、カットナー夫妻の新しい別名に過ぎないのではないかと疑われる」という珍現象(カットナー・シンドローム)を招いた。 |
| パジェットはユーモアものを発表する際によく使用された名義で、この名義での代表作には「ホグベン(Hogben)一家」シリーズがある。 |
| カットナーの関与の度合いが薄いものについてはローレンス・オドネル(LawrenceO’Donnell)というペンネームをよく使った。 |
| 結婚後には単独作は少なく、むしろカットナーの共作者として働いた。 |
| 有名な合作作品としては「ボロゴーヴはミムジィ」(2007年の映画『ミムジー〜未来からのメッセージ〜』の原作)や「ヴィンテージ・シーズン」(1991年の映画『グランド・ツアー』の原作)がある。 |
| 《ノースウェスト・スミス》シリーズの一編「スターストーンの探索」でも合作している。 |
| 1958年にカットナーが亡くなると、ムーアはほとんど創作活動をやめ、夫が講師を務めていた南カリフォルニア大学の創作講座を引き継いだ。 |
| テレビの脚本もいくつか書いている。 |
| 1963年に作家ではないThomasReggieと再婚すると、完全に執筆をやめた。 |
| 晩年ムーアはアルツハイマー型認知症を患い、1987年4月4日、ハリウッドの自宅で亡くなった。 |