| 笠浩二の澄んだボーイソプラノ風の高音、渡辺英樹の擦れた中高音に、関口誠人の哀愁漂う低音の組み合わせが特徴的。 |
| 複数のメンバーがメインヴォーカルを担うことが出来る稀有なバンドとして注目を集めた。 |
| また、当時は珍しかった電子ドラムも話題となった。 |
| 1987年に関口誠人が脱退すると、それまで主にコーラスを担当していた米川英之がセンターポジションに就いてメインボーカルとして歌う機会が増え、新たな人気を獲得した。 |
| 1982年、青山に開局したミニFM局「KIDS RADIO STATION」(通称:KIDS)が、夏をイメージさせる新生バンドを数組結成させ、競わせるプロジェクトを企画。 |
| そのなかの一つとして、グループ・サウンズの再来を思わせる「和製ザ・ビーチ・ボーイズ」をコンセプトにメンバーが集められ、結成されたのが『CoconutBoys』であった。 |
| しかし、実はメンバー全員、それまでビーチボーイズの音楽を耳にしたことはあれど造詣が深いわけではなかった。 |
| 1983年6月1日、シングル「Candy」でデビュー。 |
| 3枚目のシングル「Romanticが止まらない」で一躍ブレイク。 |
| 以降はヒットメーカー、松本隆・筒美京平コンビによるポップスで次々とヒットを飛ばした。 |
| 同時期に活躍していた福岡県出身のチェッカーズと年齢が近いことや、バンド形態をとっているという共通点などから「東のC-C-B、西のチェッカーズ」と並べられる機会も少なくなかった。 |
| 当初はカラフルな髪の色や派手めの服装、アイドル雑誌やテレビ番組での露出が多かったため「アイドル」「イロモノ」扱いをされることが少なくなかった。 |
| 「Romanticが止まらない」のヒットから約一年、「一発屋」の下馬評を見事に打破し、人気も安定してきた頃合いを見計らって、髪色をナチュラルカラーに戻した(衣装は年齢相応に落ち着いた物から、奇抜なものまで様々)。 |
| 仕事と割り切らなくてはいけない一面と、ミュージシャンとしての自我のせめぎ合いに苦しんだ時期でもある。 |
| 自分たちに出来ることは何か、求められているものは何か。 |
| メンバー内で幾たびも話し合いが持たれた。 |
| そして辿り着いた指針は、音楽に真摯に向き合い、挑戦すること。 |
| 表現、勝負することであった。 |
| 途中、メンバーの脱退やそれに伴う編成の変化など紆余曲折があったが、それらも経験の一つと受け止め成長していった。 |
| アルバム制作に費やす時間を増やして今まで以上に音作りに没頭する。 |
| 作詞・作曲・編曲とメンバーの個性や特性が磨かれ、開花していった。 |
| それらを盛り込んだアルバムを携え、ロックの要素が色濃くなったライブを年間に数十本こなす傍ら、他のバンドも出演するイベントやセッションにも積極的に参加。 |
| 初めは「所詮はアイドルバンドだろう」と軽視していた音楽関係者も、その演奏力の高さやライブの内容に驚き、考えを改めたという。 |
| 少しずつではあるが周囲の目も変わってきた。 |
| メンバー個々の音楽性、可能性を更に昇華させる意も込め、1989年に解散を決定。 |
| 同年10月9日、日本武道館でのコンサートを以って解散した。 |
| 解散後もたびたび番組企画などで一時的に再結成し、数々のテレビ番組にて「Romanticが止まらない」を披露した。 |
| 2008年に渡辺・笠・関口の三名で再結成した(2009年以降、活動は休止中)。 |
| また、C-C-B名義を使用しないユニットを組み、ライブを行うことが時々ある(渡辺×田口×米川→ヨネタワタル、渡辺×米川→WY、渡辺×田口→タナベなど)。 |