102578
91339
337262
ECHOES
ECHOES
ECHOES
ECHOES%20-ECHOES%20OF%20YOUTH%20-echoes.diary.to
ECHOES
0
|
他の画像検索結果
他人の画像が選択されている・混じっている場合
画像候補は人物名で顔画像を検索したものです。
人物として適切でない画像も含まれてしまう可能性があります。
適切な画像になるよう ECHOESの画像検索結果ページで修正できます
|
|
ネットワーク
|
タグ
キーワード
|
|
|
|
|
|
プロフィール
- ECHOESとは
- 作風
- バンド
- 解散まで
- その後
- メンバー
- ディスコグラフィ
- エピソード
- 関連サイト
ECHOES( エコーズ)は、現在は作家として活躍中の 辻仁成を中心に結成されたロックバンド。1981年結成。1985年にCBSソニー(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)よりアルバム『WELCOMETOTHELOSTCHILDCLUB』でデビュー。9枚のオリジナルアルバムを残し1991年解散。2000年にフジテレビ系列で放送された 辻仁成脚本のテレビドラマ「愛をください」の主題歌として「ZOO」が使用され、再び大ヒットした。2000年12月28日には、日本武道館にて一夜限りの再結成ライブを行った。
作風
| 当時日本では誰もやっていなかった、U2やエコー&ザ・バニーメンといったニュー・ウェイヴの洋楽の音を取り入れた最初期のバンドのひとつ。 |
| 特に初期の楽曲のテイストはポリスを彷彿とさせる、クールなサウンドが多い。 |
| また前期はシニカルで散文詩的な歌詞が多く、いじめ、家庭崩壊、コンピューターネットワークでしかコミュニケーションの取れない子供たち等、重いテーマが多かった。 |
| 後に辻自身「楽曲の完成度とは別にオーディエンスとの一体感を得るには難があった」旨の見解を示している(''下村誠著''『ECHOES〜タッグ・オブ・ストリート』)後期はシニカルな視線はそのままに、熱いメッセージ性を織り込んだ作風となる。 |
バンド
| 当初のメンバーは辻と今川の二人で、後のメンバーはオーディションで決定された。 |
| バンド名は最初QUARKだったが、トム・ロビンソンのライブで前座を務める際、ECHOESに変更。 |
| 自分達の音楽が水面に石を投げた後の波紋のように拡がっていって欲しいという意味でつけられた。 |
| ちなみに初期のバンド名の表記はTHEECHOESだった。 |
解散まで
| ライブでのソリッドな演奏と辻の描く青春や恋、人と人のすれ違いや社会批判などをシニカルに描いた歌詞が人気を評し、ロックファンや多くのミュージシャンにも支持されてきた。 |
| 特に当初は、ジャック・ケルアックらビート・ジェネレーションの作家への言及が目立ち、「JACK」等実際の楽曲にもその影響がみられる。 |
| セールス的にはまずまずという状態が続いたが、1989年シングル「ZOO」(1988年に川村かおりに提供した曲のセルフカヴァー)がヒット。 |
| さらに辻仁成がすばる文学賞を受賞したことで、音楽以外でのマスコミの注目度もあがり、三部作となる予定の『EGGS』を発表し続いて日本武道館でのライブを大成功させた。 |
| 順風満帆かと思われていた矢先、突然解散を表明。 |
| 日比谷野外音楽堂でのライブ(1991年5月26日)を最後に解散する。 |
| 当時、『ロッキンオンJAPAN』インタビューによれば、実際、メンバー各人から一度は解散、脱退の意思表示されていたらしい(伊藤浩樹の場合は持病の治療等が理由)。 |
| その都度、辻がそれを押し留めていたが、小説家デビューを含めて音楽活動を考えるために、一旦バンド休止をしたいと申し出た辻に対して、メンバーがそれならいっそ解散にしよう、と言ったことがことの推移。 |
| いつも解散を止めていた辻がそう言うのなら、止める理由がない…ということだったらしい。 |
その後
| 「ZOO」のリバイバルヒットで、再評価され、2000年12月28日に日本武道館にて一夜限りの再結成ライブを行った。 |
| 再結成ライブの翌年、辻は伊藤浩樹と新ユニット『ECHOES OF YOUTH』を結成、シングル3枚をリリース。 |
| ユニット名は'91年解散前のファンクラブ名に由来している。 |
| アルバム制作も発表していたが、リリースには至っていない。 |
| 2008年、辻と伊藤は元JUDY AND MARYの恩田快人・五十嵐公太と共にZAMZAN'BANSHEEを結成。 |
| ただし辻は自身のブログにて「ECHOESとジュディマリの曲はやらない」と明言。 |
| また「ZAMZAN'BANSHEEは辻仁成の最後のステージになる」とも語っている。 |
| 2009年3月23日放送のフジテレビ系列のTV番組「HEY!HEY!HEY!MUSICCHAMP歌力の名曲CHAMP!蘇るいい歌だらけのスペシャル!」にZAMZAN'BANSHEEのメンバーで出演。 |
| 「ZOO」を披露した。 |
| 2011年9月4日、福島市内のライブハウス「C-MOON」でワンマンライブ「連帯の日」を行う事が決定した。 |
| オリジナルメンバー4人でのフルステージは解散から20年ぶり。 |
メンバー
| 辻仁成(つじじんせい):(Vo/G)(1959年10月4日生まれ)東京都出身。 |
| 楽曲の作詞作曲を担当していた。 |
| バイト先で偶然出合った今川のドラムに感動し、彼とバンドを組む事を望んだ所からエコーズの歴史が始まった。 |
| 作詞や作曲は夜の海などの広い場所で行う事が多い。 |
| アマチュア時代に働いていたハンバーガー屋で数々のハンバーガーを開発し、売り上げに貢献した事で本気でハンバーガー屋になろうかと考えた事もある。 |
| 初期はエレキギターも使用していたが、後期は |
| ブラックジーンズにブーツ、バンダナがおなじみのスタイル。 |
| 伊藤浩樹(いとうひろき):(G/Cho)(1963年4月9日生まれ)東京都出身。 |
| 高校中退後、音楽をやりながらバイトで生計を立てていたが、このままではいけないとバンドの斡旋所でエコーズを紹介され、オーディションを受けるが、彼はアンプの使い方すらよく分かっていない上、たいした腕ではなかった為、不合格だと思っていたが、なぜか彼が選ばれた。 |
| 辻曰く、伊藤は演奏は下手だったが、ただ上手いだけのギタリストより魅力があった上に、フィンガーテクニックが異常なほど上手かったのが理由だという。 |
| フィンガーテクニックの上手さは、中学時代から通い続けていたパチンコで鍛えられた。 |
| 初期のメインギターはフェンダー社のテレキャスターを使用していた。 |
| 解散後はプロデューサー、ミュージシャンとして活動。 |
| 伊黒俊彦(いぐろとしひこ):(B/Cho)(1960年10月20日生まれ)鹿児島県出身。 |
| 上京し、エコーズのギタリストのオーディションを受けるが、ギタリストのオーディションが終わっていたので、ベースでもいいので参加したいと、それまでギターしか経験が無かったがエコーズに入る為に必死になってベースを練習していたという逸話がある。 |
| バンド解散後は、音楽活動から遠ざかっていった。 |
| 2008年から、再始動しユニット形式で作品を発表している。 |
| 今川勉(いまがわつとむ):(Dr/Cho)(1959年3月27日生まれ)秋田県出身。 |
| バンマスとして結成当初からエコーズを支え続けてきた。 |
| 上京後に買い物に訪れたジーンズショップで店員だった辻と出会い、音楽の話などで意気投合してバンドを組む事になる。 |
| バンド解散後は、1990年から山羊智詞&赤羽楽団に参加。 |
| その後、山羊智詞、水江慎一郎、横内健亨、朝井泰生らとダイナマイトマシーンを結成するも、体調不良を訴えツアー途中で離脱。 |
| (後任に太田明(筋肉少女帯)がサポート参加するも、デビューアルバムレコーディング中に解散)甲斐よしひろのバンドKAI FIVEや真島昌利のソロアルバム「夏のぬけがら」などにドラマーとして参加。 |
| その後何度か大病によって生死を彷徨ったが、現在は回復し、音楽活動(地元秋田で、数々のバンドのサポート、指導、プロデュース、作詞作曲、ドラム講師等、)以外にも絵画などの個展を開いている。 |
ディスコグラフィ
| WELCOMETOTHELOSTCHILDCLUB(1985年4月21日発売)。 |
| HEARTEDGE(1986年6月1日発売)。 |
| NoKidding(1986年11月21日発売)。 |
| Goodbyegentleland(1987年5月21日発売)。 |
| HURTS(1988年4月21日発売)。 |
| DearFriend(1989年4月21日)。 |
| EGGS(1990年4月8日)。 |
| ※全タイトルとも、後にCD選書(1994年&1998年)、ECHOESCollection(2000年)、紙ジャケット限定盤(2007年)の3度にわたって再発売された。 |
| この他、ベスト盤、ベストアンソロジー盤、解散後発表されたリマスターベスト盤あり。 |
| Bad-Morning(1985年4月21日発売)。 |
| Jack(1985年10月21日発売)。 |
| STELLA(1986年4月21日発売)。 |
| GENTLELAND(1987年3月21日発売)。 |
| FoolishGame(1988年2月26日発売)。 |
| ZOO(1989年3月21日発売)。 |
| LOVIN'YOU(1990年3月21日発売)。 |
| TWOHEARTS(1990年7月1日発売)。 |
| ONENITEDREAM(1990年11月1日発売)。 |
| VIDEO/DVD/LD。 |
| FOOLISHGAME(1988年2月26日発売)。 |
| THEBORDERVol.1ECHOESLIVEATSHIBUYAKOKAIDO(1988年9月21日発売)。 |
| THEBORDERVol.2ECHOESLIVEATSHIBUYAKOKAIDO(1988年9月21日発売)。 |
| theechoofechoes-LIVERUSTTOKYO1981-1991-(1991年発売)。 |
| ONENIGHTSTANDINTHEZOO(2001年7月18日発売)。 |
エピソード
| QUARK時代、Sというベーシストがいた。 |
| 彼は、辻が当時アルバイトをしていたジーンズショップの同僚で、辻と音楽の趣味が会う事から、その時客として店に来ていたドラマーの今川を誘い、3人でバンドを組むことに。 |
| しかし、Sは全くベースが上手くならない事から、彼らはSをクビにする。 |
| 当初より、バンドの中心メンバーであった辻と今川は、当時辻がアルバイトをしていたジーンズショップで出会ったが、その後、辻がある貸スタジオに行った際、そこにたまたまいた今川の豪快なドラム演奏に辻が一目惚れし、スタジオの名簿表から彼の家の住所を調べ彼の家に行って、ギターを演奏して彼をバンドに誘った、という逸話がある。 |
| デビュー当時のディレクターは、同時期にデビューした尾崎豊のプロデュースを勤めて来た須藤晃。 |
| 須藤は、尾崎豊に付きっきりだった為、ECHOESのプロデュースは第1作目のみだったものの、辻との親交は続き、名作と称される4thアルバム『GOOD-BYEGENTLELAND』のタイトルを決めたのも彼の功績である。 |
| 4thアルバム『GOOD-BYEGENTLELAND』は、当初の辻の案では『〜ジャングルランド』だった。 |
| これを須藤晃が『ジェントルランド』と聞き間違ったのだが、都会からの脱出というのが逆に皮肉っぽくてアルバム内容にあっている、とそのまま決定。 |
| 映画版『Dr.スランプ』の主題歌の依頼が来たが、バンドの楽曲と合わない、という理由で断っている。 |
| 伊藤は、PVの撮影中、今川が柵を乗り越えようとした時、左手の指を踏まれて骨折してしまい、完治するまでの間、サポートギターとして、元ザ・ロッカーズの谷がギターを弾いていたが、大事なライブの前日コンタクトレンズで目を傷付け、失明の危険があったので休養することに。 |
| 仕方なく伊藤が指にギプスを付けたままライブを行い、見事にギターソロを弾いたという逸話もある。 |
| 業界内にも、エコーズに影響を受けたバンドやミュージシャンは多く、Mr.Childrenの桜井和寿は、バンド結成当初はエコーズの初期の楽曲を全部マスターし、特にエコーズ初期の曲「SomeoneLikeYou」について「強く影響を受けた曲」として語っている。 |
| 伊黒は、2008年8月に再始動、ユニット形式での楽曲配信を行っている(外部リンク参照)。 |
| やしきたかじんと泰葉が司会をしていた『ハローナショナルショールーム』(MBSラジオ)にゲストとしてプロモーションで出演した際、横柄な態度(番組に出演しておきながら質問されても無視し、何を聞かれても「CDを買ってもらえればわかりますよ」としか答えないなど、全くやる気のない受け答え)に、番組が進行しなくなってしまい、最初下手に出ていたたかじんと泰葉がついに激怒。 |
| 泰葉がたかじんに「やっちゃいな!」と言い放ち、たかじんは録音を止めさせて、「そんなんやったらわざわざここへ来んと、CDだけ売っとったらええやろ!」と譜面台を投げつけ一喝、会場のナショナルショールーム(当時、阪神百貨店6階にあった)は騒然となった。 |
| が、観客はむしろ拍手で応えたという。 |
| 泰葉は番組収録後、たかじんに感謝の意を伝えたそうである。 |
| 後に語ったたかじんの言い分は「しゃべんの嫌やったらFMに出え!ここはAMじゃ!」というもの。 |
| ※なお、ここで書かれたエピソードの一部は、辻のバンド解散後の著書である『音楽が終わった夜に』(1996年)で読む事が出来る。 |
|
1959年
|
今川勉(いまがわつとむ):(Dr/Cho)(生まれ... |
|
1960年
|
伊黒俊彦(いぐろとしひこ):(B/Cho)(生ま... |
|
投票数
0
| ふりがな |
|
| 性別 |
|
| 出身地 |
|
| 生年月日 |
|
| 血液型 |
|
| 職業 |
|
| 所属 |
|
| Twitter |
|
|
|
|
|
|
|
|
つながりの強いひと
|
|
五十嵐公太
相方
日本のドラマー。神奈川県川崎市出身。父は弁護士。桐蔭学園高等学校、武蔵大学社会学部卒業。血液型はO型。元JUDY AND MARY、T.V.のメンバー。LOVE LOVE ALL... |
|
|
恩田快人
相方
兵庫県神戸市出身のベーシスト、音楽プロデューサー。血液型はA型。神戸市立赤塚山高等学校(現・神戸市立六甲アイランド高等学校)卒業。神戸学院大学経済学... |
|
|
辻仁成
日本のミュージシャン、映画監督、小説家。「仁成」は歌手・映画監督の場合は「じんせい」、作家活動では「ひとなり」、バンド『ZAMZA』での活動時は「ZincWh... |
|
|
須藤晃
日本の作家、音楽ディレクター、音楽プロデューサー。富山県射水郡小杉町(現在の射水市)出身。息子は高田梢枝作品の編曲などを手がけているTOMIYO。講演会... |
|
|
尾崎豊
友達
1980年代から1990年代初頭にかけて活動した日本の歌手、シンガーソングライター、実業家。 |
|
|
泰葉
1961年1月17日-)は、東京都出身のシンガーソングライター、タレント、プロデューサー。血液型A型。初代林家三平の娘。春風亭小朝の元妻。本名:海老名泰葉(... |
|
|
川村カオリ
カヴァー
日本の歌手。本名及び旧芸名、川村かおり。モスクワ出身。英国四天王寺学園高等部卒業。 |
|
|
やしきたかじん
日本のシンガーソングライター、タレント、司会者。大阪市西成区出身。本名は家鋪隆仁(読みは同じ)。血液型はO型。主に関西ローカルのテレビ番組に出演して... |
|
|
桜井和寿
日本のミュージシャン。Mr.Childrenのボーカル、ギタリスト。2004年からはBankBandとしても活動している。アマチュア時代から一貫してMr.Childrenの楽曲のほ... |
|
|
朝井泰生
東京都出身のスタジオ・ミュージシャン、ギタリスト、作曲家、アレンジャー、プロデューサー。DEFYERとして1990年ジャパン・ミュージックエンターテインメン... |
|
|
渡辺敦子
熊本県水俣市出身のミュージシャン。プリンセス・プリンセスのリーダー・ベーシストとして活躍した。千葉県立京葉高等学校卒業。一番年上だからという理由で... |
|
|
甲斐よしひろ
ロックミュージシャン。福岡市生まれ。マネジメントは自分で設立した甲斐オフィス。夫人は、元女優の竹田かほり。次女は、シンガーソングライターの甲斐名都。 |
|
|
Mr.Children
日本のロックバンド。略称は「ミスチル」。音楽プロデューサーは小林武史。所属事務所は烏龍舎。所属レコード会社はトイズファクトリー。公式ファンクラブ名... |
|
|
ジャック・ケルアック
コロンビア大学を中退して以来のアメリカ放浪と遍歴の生活をそのまま下敷きにしたもの。出生時の名前はジャン=ルイ・ルブリ・ド・ケルアック(Jean-LouisLeb... |
|
|
真島昌利
ロックバンド、ザ・クロマニヨンズ(元ジョニー&スリー・クール・キャッツ、THE BREAKERS、THE BLUE HEARTS、THE HIGH-LOWS)のギタリスト。愛称は、「マーシ... |
|
|
富田京子
神奈川県横浜市戸塚区出身の日本のミュージシャン、ドラマー、作詞家。藤沢市立六会中学校吹奏楽部でパーカッションを担当。神奈川県立藤沢北高等学校吹奏楽... |
|
|
菅野美穂
日本の女優、歌手、タレントである。愛称は、芸能人の間では菅ちゃん、ファンからはカンノちゃん。埼玉県坂戸市出身(出生は神奈川県伊勢原市)。研音所属。... |
|
|
梶原徹也
福岡県福岡市出身のドラマーであり音楽プロデューサー。通称「梶くん」大分県立大分上野丘高等学校、高千穂商科大学卒業。既婚。 |
|
|
池田貴族
池田貴族(いけだきぞく、1963年5月8日-1999年12月25日)は日本のミュージシャン、評論家、作家。本名は池田貴(いけだたかし)。愛知県名古屋市出身。ホリプ... |
|
|
ポリス
1970年代後半から1980年代半ばにかけて活躍した、イギリスのロックバンドである。ロックの枠組みの中に、レゲエの要素を加えるという斬新な音楽性は、ホワイ... |
|
|
ECHOESさんについてのひとこと紹介
|
|
|
|