| 幼い頃から、ゲームやメカが好きで、ラジカセなどを分解していた。 |
| 自宅には、外科医であった父親のオーディオルームがあった。 |
| 両親からは立ち入りを禁止されていたが、こっそり入っては満喫していた。 |
| 特に、部屋の中の数多のオーディオ機器は彼の興味を益々そそった。 |
| この背景により、彼にとって音楽はとても身近なものになり、今の彼の基盤ともなっていると言える。 |
| 生まれは青森県弘前市、その後2歳で七戸町、4歳でむつ市に移り住む。 |
| 小学校4年生の頃、父親の仕事の関係で、むつ市から北海道函館市に引っ越す。 |
| ;中学時代1984年4月〜1987年3月。 |
| ラジオでエアチェックしたロックミュージックに魅了され、音楽に没頭し、中学2年生の頃には、通販でギターを購入(初心者セットのストラトキャスターモデルと言われている)。 |
| 音楽雑誌を友人に借りては読み、函館の店に置いていなかったレコードは兄に頼んで札幌まで買いにいってもらっていたことも。 |
| そもそも、バンドに興味を持ったきっかけは、1つ年上の兄やその友達に影響されている面があるようだ。 |
| 父親が病死したのも、この頃のことである。 |
| ;函館稜北高校時代1987年4月〜1990年3月。 |
| 積極的にメンバーを集め、「蟻」というパンクバンドを組んだが1年で解散。 |
| 高校2年生の頃に、同じ高校に通っていたGLAYのリーダーであるTAKUROと出会い、ツインギターの相棒を探している事を知る。 |
| そのツインギターに興味を持ち、GLAYに加入。 |
| 卒業後は、家族と共に上京した。 |
| ちなみに、TAKURO曰く高校3年間でノートを1冊しか使わなかったというGLAYMOBILEMEMBERMESSAGE。 |
| ;上京〜インディーズ時代1990年4月〜1994年5月24日。 |
| アルバイトを転々としながらGLAYの活動を続ける。 |
| 1991年には、ベーシストが不在になり、短期間ながらベースを担当していたこともある。 |
| よくライブで被っていた魔女帽がトレードマークであった。 |
| ;メジャーデビュー後1994年5月25日〜現在。 |
| 5月25日『RAIN』でメジャーデビュー。 |
| 5月18日“puresoul”TOUR'98北海道厚生年金会館での公演中に脚を骨折するという惨事が発生。 |
| それにより以後5会場が延期になるものの、骨折部分にボルトを入れ、5月30日の大阪厚生年金会館からツアーに復帰する。 |
| この事件を、ホテルメランコリー(別冊カドカワ内)というエッセイで語っているほか、「毒ロック」の歌詞でも軽くこの事件を匂わせている。 |
| ツアー終了後、入院。 |
| 同郷の一般人女性と結婚。 |
| 12月16日メンバープロデュース・ファンクラブ限定ライブの一環として、HISASHIプロデュース「RESONANCEVol.1」を新宿CODEで行う。 |
| このライブで、VJTEAM"e-メール"と初共演した。 |
| (その後、GLAYARENATOUR2000「HEAVYGAUGE」、GLAYDOMETOUR2001-2002「ONELOVE」でも共演)なお、このライブには20歳以上限定という年齢制限があった。 |
| HISASHIが愛用している「 |
| 長年の喫煙を止め、TERUと一緒に禁煙を開始。 |
| だが、大人の嗜好品という理由で未だに禁煙は成功していない。 |
| 8月26日DJを務めるラジオ番組の放送100回を記念して、『FM-FUJICYBERNETCITYFULLMETALMIX100回記念スペシャル』を富士急ハイランド園内サテライト・スタジオLAGOONで行う。 |
| 11月20日新木場STUDIOCOASTで行われたcandystripperの10周年記念イベントの音楽・DJを担当。 |
| 自らギターを弾く場面も。 |
| 1月からMUSICON!TVにてレギュラープログラム『RX-72〜HISASHI(GLAY)VS茂木淳一〜』がスタート。 |
| 幅広い趣味を持つことでも有名なHISASHIを中心に、“モノ”をテーマにしたプログラムとなっている。 |
| 4月17日デビュー15周年を記念して行われるメンバープロデュースライブの中のひとつとして、HISASHIプロデュース「GLAYTHEGREATVACATION-extra-RESONANCEVol.2」をディファ有明で行う。 |
| また、このライブはYahoo!動画にて生配信された。 |
| 7月にデザイナーの片山勇のドキュメンタリー映画「イサム・カタヤマ=アルチザザル・ライフ」が公開。 |
| 映画全編のサウンドトラックをTAKUROとタッグを組み「AUDIO2AUDIO」名義で担当した。 |
| (AUDIO2AUDIOの音源はCD化されていない)。 |
| 2011年映画「EXILEPRIDE」のサウンドトラックをAUDIO2AUDIOとして担当。 |