| 1981年5月、当時レイジーに在籍していた高崎晃と樋口宗孝、田中宏幸は、新バンド結成を決意した。 |
| オーディションによって選ばれた元EARTHSHAKERのボーカルの二井原実を迎え、高崎晃プロジェクトとして始動。 |
| しかし、程なくして田中は音楽性の違いから離脱。 |
| そこで高崎の幼馴染で、二井原をボーカルに推薦した山下昌良をベースに迎えバンド名をLOUDNESSと名づけた(当初はあくまでも高崎晃のソロアルバム制作を目的に動いていたプロジェクトであったがスタジオでのセッションが予想以上に良かったため樋口の提案により、このメンツでの新バンド結成に繋がった)。 |
| 山下は二井原を推薦した当時、「ゼファー」というバンド(山下以外には後にMARINOに加入する大谷令文も在籍)を結成しており、山下の自宅でゼファーのファーストライブの打ち合わせをしている時に、高崎から電話でLOUDNESSに誘われたという逸話がある。 |
| 同年11月25日、日本コロムビアより、アルバム『THEBIRTHDAYEVE〜誕生前夜〜』でデビューした。 |
| この作品でのサウンドはNWOBHMを意識しており、1曲1曲に様々なリフを詰め込み、全体的に長い演奏時間や変拍子な曲調からプログレッシブ・ロックの傾向も見られる。 |
| 12月17日に浅草国際劇場にてデビューコンサートを実施。 |
| 「日本のハードロックは売れない」と言う当時の邦楽界の見方に反し、3000枚近くあったチケットは即座に完売し、関係者を驚かせた。 |
| 次作の『DEVILSOLDIER〜戦慄の奇蹟〜』ではエンジニアにダニエル・マクレンドンを起用したが、サウンド的には前作の延長上であった(実際に前作からのアウトテイク曲もある)。 |
| 『THELAWOFDEVIL'SLAND〜魔界典章〜』でもダニエル・マクレンドンを起用。 |
| 『DISILLUSION〜撃剣霊化〜』でバンド初期のサウンドは完成した。 |
| 当時は日本初の本格的なヘヴィメタルバンドであるといわれた。 |
| 同時に前年の83年にLAでのライブが成功したこともあり、海外のファンは当時高額だった日本盤を購入する現象が起きた。 |
| プロデューサーにマックス・ノーマンを迎えた『THUNDERINTHEEAST』以降は、アメリカ進出を意識するあまりLAメタルのような明るいサウンドになっていった。 |
| 80年代後半にはシンセサイザーを多用したディスコ的な『RISKYWOMAN』を作ったりもした。 |
| プロデューサーにエディ・クレイマーを迎えた『HURRICANEEYES』でバンドサウンドは完成の域に達したが、音楽的にはマンネリ化していた。 |
| その原因はアメリカ受けする楽曲を製作する高崎の作曲能力が限界であったといわれている。 |
| また、二井原はハイトーンを得意とするものの、下の音域はあまり得意でなく高崎の作曲が二井原の音域に合わせるのが難しくなっていたとも言われている。 |
| 『SOLDIEROFFORTUNE』レコーディング中の1988年12月に二井原が脱退(事実上の解雇)し、第1期LOUDNESSは終了する。 |
| 二井原の高音を生かしたボーカルが特徴である。 |
| また、彼の作詞についても製作された時代が時代なだけに古臭い言い回しで、日本語よりも英語を多用した抽象的なものが多い。 |
| 歌詞のテーマとしては、恋愛、ファンタジー、戦争などがある。 |