| 日本テレビ系『木曜スペシャル』でマリック単独の特別番組の放送が始まり、28%を超える視聴率を獲得。 |
| 「超魔術」「ハンドパワーです」「きてます!!」で一大超魔術ブームを巻き起こした。 |
| その後木曜スペシャルは1992年第8弾まで放送された。 |
| この年、韓国SBSでもマリックのスペシャル番組が組まれ、視聴率50.1%を記録する。 |
| 秋に放送された、日本テレビ『第13回アメリカ横断ウルトラクイズ』では、オーストラリアのシドニーでゲスト出演し、敗者復活戦・罰ゲームも担当した(アメリカ横断ウルトラクイズのクイズ形式#サイキックイズを参照)。 |
| また、この年の『第40回NHK紅白歌合戦』にもゲスト出演している。 |
| 1990年9月21日、TM NETWORK(発売当時はTMN)の小室哲哉と組んでインストゥルメンタルアルバム『PsychicEntertainmentSound』を出す(小室哲哉&Mr.Maric名義)。 |
| その関係で、小室のソロツアー『Digitalianiseatingbreakfast』ファイナル(1990年1月28日に横浜アリーナで行われた)に登場。 |
| 音楽雑誌GB1990年4月号によると、Mr.マリックは客席から現れて、ステージ上でスプーン曲げやお札を浮かせるなどのパフォーマンスを行ったという。 |
| 楽屋での打ち上げでもお札を浮かせるパフォーマンスを行い、特に外国人サポートメンバーに好評だったらしい。 |
| その後、2002年11月22日に小室哲哉がglobeのボーカルのKEIKOと結婚した際にも出席している(TBS『学校へ行こう!』でその時のシーンの一部放送されていた)。 |
| しかし、超魔術の演出が「超能力」のようなものに見られ、世間では本物の超能力と信じ込む人も多く、ある時期からいっせいに「インチキ」「全て奇術」との批判が始まった。 |
| ただし、本人はあくまでも「超魔術」だとしており、超能力だとは決して言っていない。 |
| (念を使う、確率を超えるなど超常的表現言動をしていたのは事実)「超魔術」という言葉を使ったのは、「『手品』や『マジック』では大勢の人の関心を惹くことができないから」という理由からであったという。 |
| この時期、週刊誌や一部視聴者からの激しいバッシングによるストレスで顔面神経痛を発症、しばらくテレビ界から遠ざかることとなる。 |
| ゆうむはじめは、1990年以降、たびたび「Mr.マリック超魔術の嘘」と題した書籍を著して、Mr.マリックを非難した。 |
| ゆうむによると、Mr.マリックが超能力者のふりをして手品を行っている事よりも、その手品によって番組出演者の稲川淳二に火傷を負わせた事に義憤を感じての行動との事である。 |
| 1993年、テレビ東京『浅草橋ヤング洋品店』、日本テレビ『元気が出るテレビ』などのバラエティ番組に進出。 |
| 1994年、フジテレビ『なるほど!ザ・ワールド』スペシャルで、トランプマンと対決した。 |
| 1995年、フジテレビ『笑っていいとも!』レギュラー出演、日本古来の奇術や和妻、技の世界を披露した。 |
| 1996年、関西テレビ『裸の大将〜清の手品はめぐり合い』で役者初挑戦。 |
| 1997年、日本テレビ『投稿!特ホウ王国』にて、新しくファニーなキャラクター「栗間太澄」に変身して登場。 |
| 翌年よりレギュラーで登場した。 |
| マリックとは無関係な郵便局員という触れ込みだったが、「みすたまりく」を逆から読んだ芸名と、ハンドパワーを逆直訳した「手力(てぢから)です」のフレーズで正体が分かる仕組みだった。 |
| このころ自ら「マジシャン宣言」をする。 |
| 以後、再び超魔術師として活動の場を広げる。 |
| 1998年、『M-1グランプリ最強のマジシャン対決』が放送。 |
| Mr.マリックが主催し、日本国内の若手マジシャンを集めて、トーナメント方式制限時間3分、不思議な方が勝利という番組だった。 |
| なお、「M-1」タイトルの使用はこちらが早く、後に開催される漫才の選手権大会「M-1グランプリ」との関連はない。 |
| 1999年、TBSでマリックスペシャル番組が復活。 |
| 2000年、TBS『オフレコ!』で、マジシャンとしては禁断とされたネタの裏側を見せ視聴者の興味を引き、マリック主役のスペシャル番組『超オフレコ』でマジックのファン層は拡大する。 |
| 2001年『たけしの誰でもピカソMr.マリックスペシャル』が放送され、テレビ東京はドーハの悲劇以来の19%を超える視聴率を獲得する。 |
| TBS『超オフレコ2時間スペシャル』に2度出演。 |
| テレビ東京では『Mr.マリック☆魔法の時間』という初の冠レギュラー番組がスタートし、1年続く。 |
| 2002年BS-i『Mr.マリック世界・魔術大博覧会』で3夜連続6時間に渡り、世界の魔術の歴史、その時代ごとのマジシャンたちの英知を詳細に解き明かした番組を放送する。 |
| 1月、TBS『Mr.マリックvs全米No,1氷男デビット・ブレイン!』放送。 |
| 2月、テレビ東京『たけしの誰でもピカソMr.マリック超魔術スペシャル第4弾』が放送された。 |
| 4月、日本テレビ『エンタの神様』で「松尾幻燈斎」という、またも違うキャラクターに変身し、12月までレギュラー出演。 |
| 仙人のキャラクターで自然を相手に超魔術を見せる。 |
| この際は「超魔術」ではなく、「気の極み」と松尾幻燈斎は語っていた。 |
| 8月、テレビ東京『たけしの誰でもピカソMr.マリック超魔術スペシャル第5弾』が放送。 |
| フジテレビ『Mr.マリックの大冒険南極大陸!果てしなき超魔術の旅』では、南極大陸でペンギンを消す超魔術を見せた。 |
| 10月、TBS『Mr.マリックVS“全米最強"クリス・エンジェル超魔術頂上決戦!』では、他国のマジシャンと初対決。 |
| 2004年1月、TBS『Mr.マリックVS新庄&芸能能人大スター軍団対決新春スペシャル』では、新庄剛志を初の総合司会者として起用。 |
| 4月、NHK『お昼ですよ!ふれあいホール』で、「今日の現象!」コーナーにレギュラー生出演。 |
| 4月、10月、12月にTBS『Mr.マリック対芸能能人大スター軍団』が放送。 |
| 2006年8月29日、フジテレビ『Mr.マリックVS世界の超人異種格闘技戦』が放送。 |
| ほか他局でも、趣向の違ったスペシャル番組4本を精力的に制作した。 |
| 2010年8月16日、NHK『鶴瓶の家族に乾杯スペシャル』で、ロシア・ウラジオストクを旅したのが放送された。 |
| 2011年1月16日、『runformoney逃走中』に大臣クリマ役で出演。 |