| 1983年頃、「PLAYTECHS」というユニット名でアルバム(非売品)のみ作成。 |
| ライブ活動は行わず、その時インディーズで発表したアルバムがデビューのきっかけとなる。 |
| 1985年5月22日、岡田徹との共同プロデュースによるアルバム『DifferentView』とシングル『Teenage』の同時発売でCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)からメジャーデビュー。 |
| 『Teenage』のヴィデオクリップの監督は中野裕之。 |
| メジャーデビュー後は「SD関西」(のちのCSアーティスツ、ソニー・ミュージック・アーティスツ)に在籍、一年間はライブ活動は一切せず、レコーディングを中心に行っていた。 |
| デビュー後もライブ活動ではシンセサイザーの同期演奏を前面に押し出すようなスタイルは取らず、バックバンド「LivePSY・S」を率いてのバンドサウンドが主であった。 |
| 美尾洋乃、鈴木賢司、沖山優司、新居昭乃、保刈久明、南流石などが参加していた。 |
| 1988年4月21日発売のシングル『AngelNight〜天使のいる場所〜』がアニメ『シティーハンター2』の主題歌に起用され(1話~26話)、一躍メジャーシーンに名を連ねることになった。 |
| 1990年からはフェアライトCMIの使用を止め、生演奏をアナログ録音することに徹底的にこだわった『Signal』、ミュージシャン各人がDATで自宅録音した音素材を使うスタジオレスレコーディングの『HOLIDAY』、Macintoshパソコン向けのマルチメディアCD-ROM『TheSevenColors』、アコースティック楽器によるセルフカヴァー『HOMEMADE』など毎回制作手法を大幅に変化させる作風が特徴となる。 |
| 1996年、松浦雅也がDTM雑誌「PCmusic」6月号誌上の連載ページにて解散(のちに"終焉"と表現された)を発表。 |
| 11年間の活動中(デビュー前には、2年間の音楽制作期間がある)、松浦と安則が仕事以外でプライベートで会ったのはたった一回、「30分程度喫茶店でお茶をしただけ」(松浦談)だったというが、それは「音楽のみでつながっていたい、と松浦くんが望んだから」(CHAKA談)とのこと。 |