| フェルナンデス、グレコのギターを愛用し、バンド時代後期には「ROLLY」の文字を象ったギターがトレードマークだった。 |
| しかし、バンド時代を通じ、ライブやレコーディングでは音質を含む演奏性からグレコ製のギターを使用することが多かった。 |
| エレキギターの「笑うギター」というオリジナルの技を持つ。 |
| これは、ギターが笑っているかのようにキュルキュルと音をたてるものである。 |
| 30年間誰にも教えたことがない秘密の技らしく、GyaOの番組『GyaOFUJIYAMA』出演時には背を向けて演奏した。 |
| また、テレビ東京の『TVチャンピオン』の「芸能人ギター選手権」出場時には、アコースティック・ギターで「荒城の月」を弾いて優勝した。 |
| このほか、横山ホットブラザースの持ちネタ「おーまーえーはーアーホーかー」をギターで再現し披露したこともある。 |
| 今は痩せているが、子供の頃は肥満児でいじめられていた。 |
| 電器屋の息子で、太っていて、ナマズひげが生えていた事から、「電気ブタナマズ」と呼ばれていたらしい(『THE夜もヒッパレ』1999年頃の出演時での発言)。 |
| 当時のいじめは壮絶で、眼鏡を掛けたところに毛虫を2匹押し込まれたり、両手にカバンを持たされた状態で道端に落ちていた犬の糞を鼻に塗られたこともあった。 |
| 当時を振り返り「こんなひどいことをされて、大人になったらいつかこのことを発表する時が来るだろう。 |
| だったら、もっと面白いことをやってくれよ。 |
| 」と思っていたと述懐。 |
| また、大竹まことから「よい体形を維持している」と褒められたのに対し「心の中には今も肥満児の僕がいる。 |
| 周りの人をうまく騙している感じ。 |
| 」と答えている(『大竹まことのゴールデンラジオ』より)。 |
| 高校時代に結成したバンドの名前は「猟奇納骨堂」 |
| 「バンドで老人ホームの慰問を行った際に、司会の老年の方が“次の出演者は、浪速工業高校の、(うっ)、猟奇納骨堂の皆さんです”と紹介してくれるのが楽しかった。 |
| お客さんにも受けていた。 |
| 」と語っている(『大竹まことのゴールデンラジオ』より)。 |
| 高校時代、バンドの大会に出場することになり、好きだった女の子に「絶対見に来てくれ」と頼んだ。 |
| 友達にも協力してもらい、彼女が来たらすぐ分かるようにサインも決めておいた。 |
| ところが出番になっても彼女が来ないので、主催者側に「すみません、もう少し後に回して下さい」と頼んだ。 |
| 結局どんどん出番を後回しにしてもらっているうちにトリになってしまった上、彼女は来ず失恋に終わった。 |
| バンド解散の危機の際に、「あの人たち、ルックスは最低だった」と思われてはかなわないとダイエットを決意した。 |
| カロリー制限をしたり、食べる量を減らしたりと苦しいダイエットだったが、成功して今の体型になった。 |
| 「ワンステージワンギター」がポリシー。 |
| 求めている音が1つであるため、ギターが変わるとその事ばかりが気になってしまうからだそうである(『野村ギター商会』出演時のエピソード)。 |
| 『笑っていいとも!』にレギュラーで出演していた頃には、「奥さん、お宅の娘さん、今セックスしてますよ!」「奥さん、お宅の娘さんのパンツ、俺が買いましたよ!」「奥さん、お宅の台所の米、腐ってるよ!」「奥さん、お宅の天井裏で忍者が死んでますよ!」「奥さん、今、お宅の家燃えてますよ!」「テレビの前のよい子のみんな、お前を殺す!」「今からこの番組で放送事故を起こしてやる!おま、たせ致しました!」などと毎回のように問題発言を繰り返していたため、放送後に苦情の電話が殺到していた。 |
| 本人は後年「お宅の台所の米、腐ってるよと言ったら、“今確認してみたが、うちの米は腐っていない”という苦情が届いたと聞き、不謹慎だが笑ってしまった。 |
| 」と語っている。 |
| 『笑っていいとも!』のレギュラーになる前、『悩み当てクイズ』のコーナーにゲストとして出演した。 |
| このコーナーで出題された悩みは以下の通り。 |
| 国民年金を滞納している。 |
| 長男なので家業を継がなければならない(いつかはミュージシャンを辞めなければならない)。 |
| 今アルタ前に駐車しているので、レッカー移動されないか不安だ。 |
| 『タモリ倶楽部』の空耳アワーに投稿し、番組オリジナルのジャンパーを獲得したことがある。 |
| ちなみに曲はQUEENの"SomebodytoLove"(『ADAYATTHERACES』に収録)で、「Buteverybodyワシャコケた!(wantstoputmedown)」というネタだった。 |