| プロレス転向のきっかけとなった阪神・淡路大震災について、「ファイト」のインタビューで震災に遭遇した時の衝撃を語り、「やれることを精一杯やっておこうと思った」(大意)という。 |
| そのインタビューが出た当時は既に全日本でヒールを極めていた頃であったが、この話題だけは一人間としてのTARUの正直な言葉として語っていた。 |
| この経験は、2011年東北地方太平洋沖地震で活かされる。 |
| 2011年3月11日、石巻大会の為にバスで石巻市に向かっていたところ、仙台市内の高速道路で地震に遭遇。 |
| その様子を自身のブログで写真付きで実況中継している |
| 帰京後の3月15日、デイリースポーツで実体験を激白。 |
| この中で3月21日両国大会での義援金構想を表明 |
| 3月18日、21日両国大会開催決定を受け、「やらぬ善より、やる偽善」をテーマにVMとして義援金を募集する為、三菱東京UFJ銀行草加支店に専用口座を開設。 |
| 両国大会でVM初のチャリティーサイン会を開催する事を明らかにしている |
| 渡辺美里のファンらしい。 |
| 全日本プロレスの木原文人リングアナと渡辺のライブに行くと「自分場違いっすわ」と強面で渡辺のライブに行くことを恥ずかしがっている。 |
| また、元モーニング娘。 |
| の加護亜依のファンでもある。 |
| 多くのヒールレスラーがそうであるように、リングを降りると非常に紳士的な人物と評されている。 |
| だが、ファンがサインを求めると色紙を投げ飛ばすということもする(それだけヒールとして徹底しているという意見もある)。 |
| ただし、2006年のVM決起集会では珍しくサインに応じた。 |
| メキシコ時代、女性と度々朝まで遊んでいたのを闘龍門校長であるウルティモ・ドラゴンに「何をしにメキシコまで来た?遊びに来たの?」と「それとなく」(TARU談)咎められ、再びレスラーとして歩んでいく決心をした。 |
| 同じ元DRAGONGATEの近藤やbrother"YASSHI"とVMとして行動を共にしているが、本人はあくまでもフリーランスの立場を貫き、ドラゴンドア及びエルドラドにレギュラー参戦はしていない。 |
| 本人も専門誌のインタビューで積極的にかかわる意思は今のところはないとしており、2007年8月大会でエルドラドへ初参戦したものの、今後もゲスト出場に留まる模様。 |
| TARU自身が「聖水や」と呼んでいるTARU考案の「TARU水」があり、試合会場で「今なら通常価格15,000円のところ10,000円の出血大サービス中よ」と言葉巧みに販売している。 |
| その水の正体は定かでないが、使い古しのペットボトルにマジックで“TARU精子水”と記入した怪しいものである。 |
| また「この夏場は会場内が暑いだろう」というTARUなりの“配慮”により、噴水機で対戦相手や観客に散布した。 |
| ある観客に集中的にかける行為も見られる(現在、ブログ内にて24本入り8,400円で販売中)。 |
| フリー選手が主体のイベント「新宿カス野郎プロレス」では毎回主役級で登場している。 |
| Vol.2に来場したハヤブサに対して一日も早く復帰できるよう激励の言葉を贈ったり、大ファンである天山広吉とのシングルマッチ(TARU本人には直前まで知らされていなかった)が実現し、いつも通りのマイクパフォーマンスを見せつつも感無量になったりしている。 |
| いつもの悪党ぶりがわずかながら影を潜める機会が多い。 |
| TARU自身もマイクを持ち饒舌であるが、brother"YASSHI"のマシンガントークの方がアピールは鋭く、よくbrother"YASSHI"の散々喋った後に「まっそういうこっちゃ」という一言で短く締めることが多い。 |
| TARUの直筆サイン入りカードが、オークションで4万円で落札されたことがあった。 |
| 2009年2月15日、YASSHIのプロレス休業後、YASSHIの「カス野郎」を使うようになった。 |
| C-MAXで同じユニットだったCIMA、ドン・フジイはDRAGONGATE離脱を、新潟での試合前に一緒にランニングしている時に本人の口から聞かされたとのこと。 |
| 客席のゲスト(有名人・政治家)を見付けてはイジる。 |