| 1975年、東京生まれ。 |
| 初めてヒップホップを聴いたのは1985年、小学5年の時{{citeweb|url=http://blog.livedoor.jp/cjcr/archives/50711535.html|title=ClothesRelay |
| 親の仕事の都合でボストンに滞在したことがあり、ニューヨークでYMCAのサマーキャンプに参加した。 |
| その時に、子供たちがスクールバスの中でRUN-D.M.C.の「It'sTricky」を歌っている事にカルチャーショックを受けた。 |
| また、その他にも数多くのヒップホップ文化にニューヨークで触れ、これをきっかけにヒップホップを好むようになった。 |
| その後、14歳の頃から自分で英語のリリックを書き、ラップするようになった。 |
| 東京都世田谷区のセント・メリーズ・インターナショナル・スクール(1993年度クラス)に進学。 |
| 同スクールに在学していた☆TakuTakahashiが結成していたミクスチャー・ロックバンド"N.M.D."に加入。 |
| 1992年からN.M.D.はライブ活動を開始し、いくつかのレコード会社からメジャーデビューのオファーを受けるなどした。 |
| しかしVERBALはラッパーとして音楽をやっていくのは現実的ではないと考え、音楽活動を断念した。 |
| 卒業後は、渡米しボストンカレッジに入学。 |
| 大学一年の時に大失恋をし、自分を見失いかけた時にルームメイトに勧められ参加したキャンプをきっかけにクリスチャン(プロテスタント)となった。 |
| 2007年にはパワー・フォー・リビングのCMにも出演している。 |
| 卒業後は証券会社で働くこともあったものの、ゴードン・コンウェル神学校に入学して牧師を目指していた{{citeweb|url=http://metropolis.co.jp/tokyointerview/359/tokyointerviewinc.htm|title=Metropolis |
| アメリカ在住時には少年院で数学を教えていた経験がある。 |
| 転機は、1998年大学院の冬休みに帰国していたVERBALがラップを入れた、☆TakuTakahashiがリミックスを手掛けた楽曲(''TheWayWeWere'')を、ARTIMAGEの浅川真次が評価したことである。 |
| VERBALは☆Takuとm-floを結成し数曲を製作、2人の共通の友人であったLISAも楽曲製作に参加した。 |
| LISAがボーカルを務めた「beensolong」を浅川は高く評価し、3人でm-floとしてデビューする話が持ち上がった。 |
| VERBALはラッパーとしては生活していけないと考えており、大学院卒業後は牧師になると決めていたが、浅川が説得しミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせた。 |
| m-floとしてデビュー後も、アルバム2作目までは、学業と音楽活動を両立させるため、日本とアメリカを行き来していた。 |
| デビュー後の活動の詳細は、m-flo、MIC BANDITZ、TERIYAKIBOYZ等の項目を参照のこと。 |
| m-floとしての活動以外にも、フィーチャリングワーク、様々なユニットへの参加やプロデュース、DJなど多岐に渡って活動している。 |
| 2008年には、オムニバス・ショート・ムービー『R246STORY』において、日本のヒップホップをテーマとしたドキュメンタリー『DEADNOISE』の監督を務めた。 |
| また、グラフィック・デザイナーのYOONと共にデザインチーム「AMBUSHDESIGN」を2002年設立。 |
| 2004年に、ジュエリーのデザインブランド「ANTONIOMURPHY&ASTRO」を開設している。 |
| また2010年頃から楽曲のプロモーション活動以外でのテレビ出演が多くなり、2011年現在は深夜番組『さきっちょ』でMCを務める他、『奇跡ゲッターブットバース!!』、『ひみつの嵐ちゃん!』、『世界!弾丸トラベラー』等に不定期出演している。 |
| 同年3月11日に発生した東日本大震災支援の震災臨時キャンペーンCM『日本の力を、信じてる』(ACジャパン)に出演した。 |
| 趣味はショッピング、紅茶、メガネ(サングラス)、時計。 |
| 影響を受けたアーティストはKoolKeith、Nas、GangStarr、N.W.A.、LLCoolJ、PuffDaddy、Run-D.M.C.、カニエ・ウェスト、ディプロマッツ、ザ・ネプチューンズらである。 |
| 著書に『alienalteregos―神のパズルそれは僕自身』がある。 |