| 1984年、いわゆる「ハコバン」(ライブハウス付きのバンド)で活動していた吉良がケイト・ブッシュの『DREAMING』にインスピレーションを受けて自主製作盤『AFTERTHEMATTER』を制作する。 |
| この時に、後のメンバーとなる二人、音楽学校での仲間だった上野洋子、松田克志が参加。 |
| 1985年、「第3回パルコオルガン坂大賞」に応募し、入賞。 |
| グランプリは逃したが、審査員の一人であった立川直樹の推薦もあって、東芝EMIからのデビューが決まる公式サイト(ZABADAKOFFICIALHOMEPAGE)より。 |
| moment吉良知彦インタビュー |
| 1986年にアルバム・デビュー。 |
| グループ名をZABADAKと命名する。 |
| バンドとしての活動のかたわら、デビュー当初より多数のCM曲や映画音楽などを手掛け、一部はオリジナル作品としてアルバムに収録されている。 |
| 1987年に松田克志が脱退。 |
| 松田在籍時のアルバムは『ZABADAK-I』『銀の三角』および、この2枚を後に再編集した『WATERGARDEN』のみである。 |
| 3枚目のオリジナルアルバム『WelcometoZabadak』発売後の1989年にレコード会社を移籍した。 |
| この時期は、上野洋子の透明感ある歌声を前面に出し、吉良知彦の様々な要素を含んだ秀麗かつメロディアスな楽曲で人気を博した。 |
| 1993年の「のれん分け」(後述)前にはベスト・アルバム『decade』も発売される。 |
| タイトルにふさわしく10年間の活動の総まとめのアルバムである。 |
| 1993年9月25日の日比谷野外音楽堂でのコンサートをもって「のれん分け」(上野洋子の脱退をこう表現した)を行い、吉良知彦のソロユニット(ワンマンバンド)となる。 |
| その後、biosphererecordsとポリスターから作品を発表する傍ら、演劇集団キャラメルボックスの音楽も担当。 |
| 独特の世界観が演劇と合い、幅を広げて行った。 |
| ZABADAKの持ち味とキャラメルボックスの感覚が、相乗効果を高めた。 |
| 2000年に発表した『IKON』は、初期ZABADAKのテイストのあふれる作品として復活を印象づけた。 |
| 2001年に独立、新事務所Penelope、新レーベルGargoyleを設立する。 |
| 2006年に至って一層プログレ色が高まりつつ、新しい音楽を模索している一方、ファンタジー色を残す作品もある。 |
| 2009年に発表したアルバム『平行世界』には、松田が作詞を行った曲「樹海-umi-」が収録されている。 |
| 2011年3月、アルバム『ひと』の発表と共に、吉良の妻であり長年にわたりZABADAKに作詞、ヴォーカルなどで参加してきた小峰公子が正式加入した。 |
| その他、吉良はプレイステーション用RPG『クロノ・クロス』(1999年)でギター・ブズーキの演奏を担当したり、NHK『おかあさんといっしょ』に楽曲を提供したりするなどしている。 |
| 上野もアニメの音楽やソロユニットで活発に活動している。 |
| 今もマスメディアには出てこないが、多方面に活躍しているアーティストである。 |
| サポートで参加したミュージシャンも数多い。 |